第七話 農家の娘

〈改変兵装〉の短剣、〈梦散ムサン〉を購入した後。

 ヘレナとアセラは、その村の食堂で早めの昼食にありついていた。

 アセラの新たな相棒はこれまで短剣を佩いていたところと同じ、つまり腰の後ろに、これは〈改変兵装〉でも何でもない革の鞘に収められていた。


「相変わらずよく食べますね、師匠」

「これまではタダ飯だったからな……。まぁ、ちったぁ真面目な話をすれば、傭兵業なんてしてりゃあ、何時何時いつなんどき飲まず食わずで戦わなきゃいけなくなるか分からん。食うだけ食って使わない分は〈意志〉のまま貯めときゃ、万一の時に使える。〈叡智神〉の瞳は揺れ動くんだわ、幾ら私でもな」

「なるほど。尤も、普通の人は食べたものを〈意志〉として貯めるなんて出来ませんけどね」

「まぁ、要は未来は分からんから食える時に食っとけって話さ」

「それだけ覚えておきます」


 三人前の豚カツ定食をせっせと平らげるヘレナと、丁寧な所作でカツ丼を食すアセラ。背丈からも体格からも一目瞭然ではあるのだが、どちらが大人か若干問いづらい光景だった。


「それで、これからどうしますか?」

「どうすると思う?」

「え?」


 何気ないつもりで口を吐いた質問を質問で返され、思わずアセラの箸の手が止まる。なお、その硬直の間にヘレナは二つ目の定食についていたサラダを平らげている。


「どうすると思う、っていうのは……?」

「はぁ。アセラ、まさかいつまでも私についてくるつもりなのか? いずれは私の下を去って、自分で旅路を歩くことになるんだろう。だったら、自分で考える癖をつけておけ。分かっているように思えて、自分で考えるってのは難しいもんだぜ」


 問い返しは突拍子もない戯れに思えて、ちゃんとアセラのことを考えたもの。いつも適当なように見えて、大切なことをこういう風にさらっと指導するのが、ヘレナという女師匠なのだった。


「あぁ……。ありがとうございます」

「さて、じゃあ、なんか考えはあるか?」

「……いえ、すみませんが。傭兵として職を探すのは分かりますが、何処で探せばいいのかは残念ながら皆目……」

「まぁ、そうだろうな。自分が分かってないってことを分かってるのは大切なことさ。無知の知は〈叡智神〉の領域なのか分からんけどな」


 そういってヘレナは二つ目の定食を食べ終わって、三つ目に手を付け始めた。


「傭兵ってのは……っていうより、大抵の職業には〈労働同盟ギルド〉ってのがある。貴族と契約した者とかは除いて、大抵の人間はギルドから仕事を貰うんだ。勿論有名になれば指名依頼が来ることもあるが、基本は仕事をしてほしい者はギルドに依頼し、仕事をしたい者はギルドから仕事を受ける」

「てことは、傭兵には傭兵ギルドがあるんですか?」

「そうだ。傭兵ギルド——一応〈職業兵士労働同盟ウォーリア・ギルド〉なんて大層な正式名称はあるがな。傭兵ギルドって言えばまぁ間違いなく通じる」

「分かりました」

「で、まぁだから要はギルドの建物に行けば仕事にありつけるってわけさ。どれだけ職があるか分からんが、護衛ぐらいなら何時だってあるだろう」


 そういってヘレナが三つ目の定食を半分ぐらい食べ切り、アセラは(勿論一つ目の)カツ丼を食べ終わる。残りをヘレナが勢いよく食べるのを、アセラはお茶を啜りながら眺めていた。


「あ、貴方方が旅の人ですか? 傭兵さん!?」

「こ、こら、ミア! 急に話しかけたら失礼でしょう!」


 すると突然、三席分ほど離れたところから、溌溂とした少女の声が響いた。その後の静止を求める声に構わず、彼の背後からたたたっと足音が近づいてくる。アセラは、のんびり後ろを振り返った。


「すみません! 突然話しかけてごめんなさい。私、ミアって言います。〈農家の娘〉ミア。この村に住んでるんです。初めまして!」


 彼の視界に現れたのは、少しだけ付いた雀斑そばかす魅力的チャーミングな、ばっさりと髪を切った少女。歳は、アセラより二、三下だろうか。その動きは興奮を抑えきれていないようで、身体が細かに揺れている。ヘレナがふと顔を上げ、少女を一瞥した。


「ご、ごめんなさい! この子、国外のものに興味津々でっ……!」


 慌てて走り寄ってきたおさげに丸眼鏡の女性は、少女の母親だろうか。奔放すぎる娘に手を焼いているようで、走り寄ってきて少女の傍にぴったりとついた。

 アセラはこれにどう対応すべきか迷い、ヘレナに視線をやる。すると驚いたことに、ヘレナが自分から名乗りを上げた。


「いや、構わんぜ。初めましてだな、嬢ちゃん。私はヘレナ。〈剛腕の女傑〉ヘレナ、こう見えて〈王級〉傭兵さ」

「〈王級〉っ!? 凄い!!」


〈王級〉傭兵というその言葉を聞いて、ミアのテンションは最骨頂に達する。殆どの傭兵が生涯最初の〈じん級〉止まり、次の〈じゅう級〉に行けば同業者から熟達と見られる中で、その上の〈王級〉などと言えばもうそれは市民の羨望をも集め始める実力者だ。こんな外れの村に住んでいたら、見かけることなんて一生に一度もないだろう。少女の興奮は、奇妙なものではなかった。


「そっちのお兄さんは? お兄さんも傭兵?」


 その少女がパッとこっちを振り向き、太陽の九月に咲く向日葵ひまわりのような笑顔をアセラに向けた。


「僕は〈山ご……、〈女傑の弟子〉アセラ。初めまして、ミア」

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