第六話 黒刃の相棒
「……凄い……」
〈陽光山〉を下山し、〈
アセラは、人生で初めて、武器防具店に入店していた。
決して広くはないが、店の隅から隅に置かれた防具、壁という壁全てに掛けられた武器。命と傷の匂いを誇る数多のそれは、彼に強い威圧と憧れを感じさせる。まるで店の扉から先が別世界かのような錯覚を覚えて、アセラは思わず店頭で足を止める。
「おいおい、言っちゃなんだが、ここは慎ましい国の郊外の村だぞ? こんなんで驚いててどうするんだ」
「傭兵さんやぁ、そこまで言うなら言っちまえや。ちっせぇ国の外れの村の寂れた武器防具店、ってな」
一方、付き添いにきたヘレナはそんなアセラをすり抜けて、まるで実家かのように店内を闊歩する。店の入り口傍のカウンターにどっかと座る店主が、ヘレナに軽口を叩いた。
「悪いねぇ、店主さんよ。でも今日は私の弟子の得物を選びに来たんだ。じっくり選んで言い値で買うから、それで許してくれ」
「はっはっ、元から怒ってなんかいないさ。外れの村だろうが一級品を置いてる自信はある。お弟子さんや、日返りまででも悩んでいきな!」
豪快に笑う店主の声に会釈を返して、アセラは恐る恐る店内を歩み始めた。一振りで頭蓋を叩き割れそうな大槌や、流麗な銀刃が輝く長剣などに目を奪われながらも、悩まず彼は足を進める。目的は槌でも斧でも槍でも弓でも長剣でもない。彼の相棒は、迷うこともなく短剣だった。
「あった」
元がそう広くもない店故に、短剣を置く場所に近づくのにそう時間はかからない。彼はすぐに、短剣のコーナーを発見した。
「……うーん」
が、すぐに悩むことになる。
端的に言えば、欲しかったような短剣——頑丈である程度軽く、程良く長い鋭刃を持つ短剣が、ない。
だが、それも致し方がないと言えば致し方がない。店主が言っていた通り、結局のところここは小国の片隅の小さな村でしかない。そこで売られる短剣は、自衛用の軽く小さいものか、雑草の伐採などの重く大きいものの二択なのだ。
もしこの地から傭兵を目指すなどというなら、まず最初はより取り扱いに優れる長剣を選ぶだろう。膂力があるなら槌や斧、背が高いなら槍、狩猟の実力があるなら弓という選択肢はある。だが、リーチが短く相手の懐に飛び込まねばならない短剣を主流に使うには、腕のいい指導者にしっかりと教わるか、または〈萌芽神〉の
だが。
「あ、……」
まだ大人ではない彼でも握りやすい細い柄に、密やかに存在を主張する棒状の鍔。先端に向けて緩やかに先尖りする刃は、美しく研がれて滑らかだ。
そして、柄頭から切先までを変わることなく染めて、まるで一つの塊と融けて化した、黒。
決して煌びやかでも、厳かでもない、だが何処か、力強さを感じさせる、影に沈む短剣。
「おぅおぅ、お弟子さんや。そりゃまた癖の強いもんに目を付けたねぇ」
「癖の強い?」
その短剣に魅入っていたから、いつの間にか傍に来ていた店主の気配に気付けなかった。これがヘレナとの鍛錬だったら、今頃問答無用で〈意識〉を落とされてただろうな――と思いつつ、店主の妙な言葉を聞き返す。
「おうよ。そいつの銘は〈
「あぁ……」
そして、店主から返ってきたその言葉で、彼は何が「癖の強い」だったのかを理解した。
どうやらヘレナも近くに来ていたようで、興味深げに店主に話を振る。
「へぇ、こんなとこに〈改変兵装〉があるなんてねぇ。どんな改変が施されてるんだい?」
「〈
「ふーん、つまり?」
「簡単さ。その短剣に当たった光は、その場で完全に拡散される。それだけだ。だから〈
そう店主が言う通り、その短剣はまるでその形のまま影に沈んでしまったかのようで、凹凸を感じることが難しい。それでも彼は、その異形の短剣に手を伸ばした。
「ほんとにそれでいいのかい、お弟子さん。いくら使い道がなくたって腐っても〈改変兵装〉だ、値は張るぜ?」
「師匠?」
「ん? あぁ、いいだろう。この中なら一番良い短剣だろうし、何より面白い選択だ。いいぜ、幾らでも払ってやる」
そのヘレナの豪快な宣言に、店主はわざとらしく下品な笑いと揉み手をしながらカウンターに向かい、アセラは安堵で少し溜息を吐く。
「どうしたアセラ、まさか私がこの程度も出し渋るような守銭奴だと思ってたか?」
「いえ。でもだからといって、人にお金を払わせることになるんですから。失礼だと思うのは当然ですって」
「ま、確かに、『光を拡散する』〈改変兵装〉なんて、無駄に高値なだけってのも間違いじゃないからな。だがまぁ、他にまともな短剣もないだろう?」
「せめてあの短剣と同様、大切に扱います」
そうしてアセラは、新たな得物――黒刃の相棒を手に入れた。
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