第五話 兄妹の非日常・朝

 声が聞こえた。




 誰の声かは分からない。分からないが、その声は心地よい響きを伴っていた。そしてその響きは、まさに今沈んでいるこの温もりを壊すものだ。


 まだ、温もりに沈んでいたい。



 昨日は、大変だった。




 今日一日ぐらい、もう少し――




 「ねぇ、お兄ちゃん……」




 *



「ん……」


 少年は、目を覚ます。


 身体の節々が痛い。ベッドで寝ていると思ったら、丸机に突っ伏していただけらしい。


 記憶が、穏やかに混じっている。ここは家だろうか。動くのは億劫だが、それでも感じることはあった。


 両肩が張っている。よく知らない違和感。だがあまり気にならない。


 瞼の外は、橙色に眩しい。太陽の光だ。もう昼頃かもしれない。


 乾燥した、少し肌寒い空気。もう冬なのだろうか。——違う。微かに草木の香りがする。


 人の声も、生き物の声も聞こえない。静かだ……ほんの少し、風の音が聞こえた。



 目を開いた。



 最初に見えたのは、白い木材を組み合わせただけの壁。山小屋のように見える。


 広くはない。広さは感じない。視野の反対側が、まっさらに開けているわけでなければ、だが。


 ……白い、木材? いや、家の壁は白くない。ウルクの木はもっと、浅い茶色のような色だったはずだ。


 いや、そもそも、こんな丸机……なかったはずだ。


 ここは何処だ? 今は朝で、僕は寝ていた。ならば何か起きたのは昨日だ。何があった。朝じゃない。夜だ。夜、夜、夜——




 少年は、全てを思い出す。




「ルリっ! ルリはっ——!!」


 少年は勢いよく飛び上がる。丸机から跳ね上がって、愛する妹のところへ向かおうとする。害するものがいるなら許さない。救うためならなんだってする——



「そのようじゃ身体は平気そうじゃな。一先ず落ち着きなされ。ほれ」



「えっ?」


 ——だが、少年が見たのは、二杯のスープを持って丸机の横に立った、襤褸を纏った老人だった。


「朝露で入れたスープ……と洒落込みたかったんじゃが、あいにくとそれどころじゃなくてな。ついさっき作った儂特性のスープじゃ。疲れが取れることは保証するぞ」


「あ、いや、あの……」


「ほれ、座って、一口で良いから。暖かいうちに飲むのが肝要じゃ」


 そう言って老人はスープを丸机に置いて、もう一つの椅子に座る。それから熱いスープを、のんびりと一口すすった。


「あの、……あの!」


ルリのことじゃろう?」


「っ…!?」


 その緊張感のない様子に耐えられなくなった少年は、大きな声で老人に声をかける。だが、その懸念を全て一言で当てられて、少年は声を出せなくなった。顔も上げずに少年を黙らせた老人は、手で着席するよう促す。


「徹夜だったんじゃ。少しは老体を労ってくれ。儂と其方、二人とも落ち着いたら話そう」


「……分かりました」


 そこまで言われて、少年に断る術はない。すぐの前に座っていた丸太の椅子に座り、差し出されたスープをに口をつけた。


「…凄い、美味しい」


「じゃろう? 一人暮らしが長いと、料理も上手くなるんじゃ。不味いもんばっか食ってると、気が滅入るからのぅ」

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