第二話 兄妹の日常・昼

「それじゃあルリ、六を二で割ると?」


 小さいながらも小綺麗な山小屋の中。白いシーツの敷かれたベッドに少年は腰掛けて、壁に寄りかかってベッドに座る妹に問題を出している。問題は彼女の年齢相応の優しいもので、少女も悩まずに答えを出した。


「えっと、分かった! 三でしょ、お兄ちゃん!?」

「うん、正解! じゃあ次。八を三で割ると?」

「えっ……えぇ? お兄ちゃん、それ割れないよ?」


 突然兄から出された難問に、少女は困惑して、こてんと首を傾げる。そんな少女の可愛らしい仕草に少年は笑って、優しい声で妹に問いかけた。


「ほら、ちゃんと神話を読んでごらん? ちゃんと書いてあるよ?」

「うそっ、だってほら! 大きい海のおじちゃんと古いお姉さん、分けられなくて困ってる!」


 そう言って少女は、両手に持つ大きな絵本を兄に掲げて見せた。見開き一ページにわたって描かれたその絵の中では、大きな銛を持った大男と、襤褸ぼろを纏った背の高い女性が、七匹の魚の分け方で首を捻っている。


「ルリ、そのページで、本当に終わり?」

「え? あ、ほんとだ、続きがある!」


 少女は次のページを見ることは思いつかなかったようで、次のページをめくって嬉しそうに驚いた。少し難しい顔をして絵本を読み進めるが、途端に納得いったというように何度も頷いて、それから楽しそうに顔を上げる。


「うん、お兄ちゃん、分かったよ!」

「そう? じゃあ、答えを言ってみて」

「うん!」


 そんな微笑ましく、そして健やかに成長する妹を見ながら、少年は問いの答えを促す。


「えっとね、答えは、二!」

「それで終わり?」

「ううん! それと……余りが、二! 合ってる?」

「勿論! 凄いよ、ルリ!」

「やったぁ!」


 少女は正答を喜んで両拳を突き上げ、少年はその拳に自分の拳を合わせる。自力で答えを見つけた幸福感と満足感で、ベッドの上ではしゃぐ少女と共に、少年も楽しそうに笑った。


 優しく、忍耐強く、そして正答を一緒に喜べる。これ程の教師は探してもそう居るものではないだろうが、これはひとえに彼が少女の兄であるからであって、とはいえ兄だからにしても彼が余りにも嬉しそうなのは、この少年が間違いなく彼女を愛しているからなのだろう。幸せそうな――否、間違いなく幸せな――彼らの声を、この殺伐とした世界が聞いたら、一体なんと言うのだろうか。


「まぁ、〈大海神〉オーラスは海と無限を司るんだから、一匹増やせば終わりだった気もするけどね」

「きっとあのお魚さんはとくべつなんだよ! とくべつだからふやせないし、だからかしこいお兄さんにもあげたんだよ!」

「うん、そうだね。きっとそうだ!」


 そう二人が覗き込む絵本のページには、先程の二人に合わせてもう一人、分厚い本を抱えて丸縁眼鏡を掛けた青年が描かれていた。どうやら彼が二人に助言をし、そのお礼として余った一匹を貰ったらしい。割り算のやり方を学ぶにはうってつけの教材だが、それをすぐに自分の状況と照らし合わせて、正しい答えを導き出した少女には、既にその賢さの片鱗が見え隠れしていた。


「よし、じゃあ、今日のお勉強の時間はおしまい。森に遊びに行こう!」

「うん! 私、かくれんぼしたい!」

「良いよ。ほら、帽子を被って!」

そう言って少年は、入口の服立てに掛かった真っ白の麦藁帽子を取って、少女の頭に被せる。少年自身も掛かっている帽子を取って、それからドアに手を掛ける。


 すぐさま二人は、真昼の森へ飛び出していった。

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