第十三話 門前の〈鷹〉

 〈遍く照らす陽光サンズファーク王国〉宮殿の、地下。


 それが意味するのは、王国の自作自演か、それともより大きな陰謀か。

 何にしろ、アセラには預かり知らぬところだった。


 どちらにしろ、ミア嬢は必ず救出する。


「それ以上動けば反逆者とみなす!」

「ここから先は王宮だ。侵入すれば只では済まない」


 彼の後ろには騎士団、前には兵士団。鎧と軍服を纏ったつわもの共に囲まれて、それでもアセラは臆さない。

 予め纏っていた首元の布を、左手で鼻まで引き上げる。この混戦状態なら問題ないかもしれないが、万に一つも顔を覚えられるわけにはいかない。同じ理由で声を覚えられるわけにも行かず、如何なる問いにも応えなかった。


 (強行突破しかない)


 王宮破りなど本来なら踏みとどまるはずだが、彼が長く山小屋育ちで、権力に対する価値観が殆どなかったのが幸いした。彼も王宮破りが何を意味するかは知っていたが、知っているのと理解するのとは違う。一度でも権力者の元で過ごしたことのある人間なら身に染みて理解わかっている、権威が示すその心理的圧力を、彼は知りもしなかった。


 思い切り地面を蹴飛ばして、兵士団の頭上を、そしてそのまま王宮の柵を飛び越える。


「くそっ、第四部隊突破された! 王宮部隊、侵入者だ!」


 まさか五十人以上いる兵士全員の頭上を飛び越えて、そのまま王宮に飛び入られるとは思ってなかったらしい。焦った口調で兵士団の一人が、王宮の中の兵士達に指示を飛ばす。その声に応じて、王宮の全体に広がっていた兵士達が、流れるように動いてアセラに接近する。

 だが、そもそも兵士団が危惧していたのは騎士団の突破であり、アセラのように足の素早い人間の侵入は想定外だ。アセラは広場を駆けてくる兵士達を置き去りにして、逆手の短剣を身体の前に構え、宮殿入り口に突入する。


 するとそこに突然、ふらりと男が現れた。


「はっ、そういえば一応こっちも雇われの身だったな。誰だか知らんが、賃金分の仕事はしてやるか」


 無精ひげに薄ら笑い、右手には片手で振るえる短槍。全速力で接近するアセラに、しかし男は驚くそぶりも見せない。男の淀んだ目には、一抹の不安も感じ取れなかった。

 その様子を見て、アセラは少々焦った。自分の全速力は、馬の全速力をも凌駕する。そんな速度で迫る人間を見れば、並の人間は驚き動きを止めるはずだ。

 そうでないということは、この男は並大抵以上の熟達。間違いなく〈獣級〉以上、しかもアセラのような憶人オモイビトとも戦い慣れている。いくら元〈獣之壱じゅうのいち級〉傭兵のカノセに手合で勝てたといえど、それは決して彼が〈王級〉相当の実力者であることを意味していない。そのことは彼自身が一番よく分かっていた。

 何より、これは彼の初の実戦なのだ。それも師匠の援護なし、敵は王国全土、敗北は殆ど死を意味する。その状態で怯まずに走れているだけ、彼は肝が据わっている方だろう。


「さぁて、王宮破りを犯した大罪は一体どんなやつかな……っと!」

 (――っ!?)


 男はその余裕綽綽な雰囲気を崩さずに、素早く短槍を振るった。その瞬間、アセラの〈意志〉が嫌な予感を捉える。


 殺意。


 死が、迫り来る。



 殆ど本能的に、アセラは前方に飛び込むようにして伏せた。男との距離は十五歩ほど、どう考えても短槍が当たる距離ではない。

 だが地面に伏せる直前、彼の後頭部すれすれでが鳴る。


 〈意志〉改変による穂先の延長。

 穂先が生む切断の〈意志〉のみを延長し、虚空に透明な刃を生み出す斬撃。


 (……〈改変兵装〉か!)


 彼の短剣〈梦散ムサン〉と同じ、〈意志〉を捻じ曲げた短槍だった。


「避けた……? なるほどね、伊達に大罪を犯してきてないわけか」


 地面をどうにか転がって跳ね上がるが、視界に入るのは再び短槍を振るおうとする男の姿。それも、その目には先程のような嘲笑う気色がない。相変わらず余裕気なのは変わらないが、どうやら自分の評価がすぐに葬れる雑魚からいたぶるのを楽しめる経験者に上がったらしい。次の短槍の振りは、一振り目より素早く、洗練されていた。


 とはいえアセラも、一振り目から学んでいないわけではない。斜めに振り下ろされた不可視の斬撃を一歩横に屈んで躱し、地面に触った左手で足元の砂利を跳ね飛ばす。弓の初速並の速度で打ち出された小石を、流石の男も無視するわけにはいかない。振るった短槍を引き戻し、素早い振りで打ち落とす。

 だが、その隙にアセラは慣性の法則を振り払って距離を詰める。男が小石を打ち落とすのと同時に左足を踏み込み、もう一度砂利を蹴り上げた。芸がないといえばその通りだが、意識を引くのに効果的なのは変わらない。

 男の視線は一瞬下に落ちたが、その礫が自らの両脚に向かってることを理解して、視線をすぐさま引き上げる。当たればかなり痛むのは事実だが、小僧に得物を斬りつけられれば死に直結する。故に短槍を身体の前に引き寄せ、逆手に握られた短剣の斬撃をその柄で受ける方が優先――


「がぁっ!?」


 男の右肩に衝撃が走る。


 そこには、



 アセラの短剣〈梦散ムサン〉が、彼の右手に突き立てられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る