第十一話 王都へ

「〈遍く照らす陽光サンズファーク王国〉第二王女、〈遍照の長女〉ミア様を、救出してください」


 深く頭を下げ、微動だにしないカノセ。



 彼女の言葉に真っ先に答えたのは、勿論ヘレナだった。


「ふーん、面白い。面子メンツ矜持プライドも投げ捨てて、傭兵に頼むとはな」


 台詞は嘲り笑うようだが、口調の方はそうでもない。むしろ、この状況を本気で楽しんでいるような節すら見えた。


「私は〈意志〉を見ることは出来ません。ですから、ミア様を見つけ出すのは不可能に近い。ですが、貴方方なら、それも出来るかもしれないと思ったのです」

「言われてなくても分かってるよ。私なら、簡単にミア嬢を見つけられるだろうさ。だが……」


 そこでヘレナは一瞬口を噤み、目の焦点がカノセからブレる。だがすぐ次の瞬間には、予想通りだとでも言いたそうな顔をして焦点をカノセに戻した。


「やっぱりな。今傭兵ギルドをんだが、丁度臨時に活動制限が課されたところだ。

『〈職業兵士労働同盟ウォーリア・ギルド〉に所属する全労働同盟会員ギルドメンバーは、現在〈遍く照らす陽光サンズファーク王国〉で発生中の軍事デモに、正当防衛の場合を除く如何なる形でも干渉してはならない』。

 つまり、その誘拐があの軍事デモと関係があるならば、私は依頼を受諾出来ない」


 ヘレナが、この事態に干渉出来ない。それだけではなく、この誘拐が軍事デモと無関係でない限り、傭兵達に依頼を出す手段も使えなくなったのだ。

 ヘレナ一人なら何でも出来るが、アセラ一人では出来ることなど多くはない。幾ら二ヶ月、ヘレナにつきっきりで指導されたと言えど、結局のところ彼は、ただの〈山小屋の少年〉に過ぎないのだ。


 その事態を理解したカノセもアセラも、顔にこそ出ないが気持ちを沈ませる。だがそれとは対照的に、ヘレナの口元に浮かぶ余裕の笑みは消えない。


 否、むしろ強まっていた。



「まぁ、だがよ。もし私がミア嬢の場所を知ってて、それをが聞いて救出に行っても——誰にも責任はないよな?」



 楽しそうに笑いながら、ヘレナが放った言葉に。

 女性と少年は、二人揃って沈んでいたその顔を上げた。


「まさか、師匠それは……」

「……本気でしょうか、〈剛腕の女傑〉」



「あぁ、真面目も真面目、大真面目さ」


 そう答えるヘレナの顔は、もう面白くて仕方がないというようで。



「アセラ。もしミア嬢を救出しに行くなら――私は止めないぜ?」





「——勿論です」



 *


 時刻は肆冬よんとうの刻、あと九十分で今日が終わる。真夏の夜の〈陽光山〉の山麓は、湿度も高いためじっとりと暑い。

 その高温多湿な気候を代表する都市、〈遍く照らす陽光サンズファーク王国〉の王都〈平照ヘイショウ〉は、現在その城壁に煌々とを焚いてはいるものの、城門は硬く閉ざしてしまっていた。中からは深夜とは思えない喧噪が響き、外からでも只ならぬ状況であることは分かる。


〈陽光山〉山麓に広がる扇状地を国土とする〈遍く照らす陽光サンズファーク王国〉にとって、城郭都市である平照ヘイショウは王国全体を守る要衝だ。攻め入るには地形の険しい山岳を通り抜けるか、王国が敢えて残している広大な平野を進軍するしかない。城壁の上からその進軍ルートを見張るのは本来は兵士団の二等兵などな筈だが、そこにある人影はいつもより少なく、どれも全身に輝く鎧を纏っていた。


 だからなのか、周囲の監視の目はやはり平時より甘い。暗い山林や平野に強烈な捜索用暗照板サーチライト――周囲の明るさに反比例して明るさを増す改変道具――の光が差し込んではいるものの、その数の割に不規則に動いているものは僅かだ。殆どはぼんやりとただ一点を照らし、それどころか半数程度は国の外でなく中に向けられている。城壁の上の騎士団が警戒するのは、国外の敵より国内の民だった。


 故に、城壁から少し離れた山林の中に突然、まるで現れた二人に、誰も気付かなかった。


「王都に居ると言われても……この規模の都市、一夜で探すのは無理ですよ」

「何、中に入ったら〈意志〉を見れば良いだけさ。ミア嬢の〈意志〉は今覚えさせただろう? あとは探してみな。まぁ、力試しさ」


 現れたのは、やや細身で小柄な少年と、大剣を背に背負う大女。標高はかなり高く、地上の暑さに対して肌寒いほどだった。影に溶ける二人は幾言かだけ交わして、すぐ少年は山を駆け降りる。大女が見守る中、少年の勢いはどんどん増し、やがて地面を蹴った。



 少年の身体が空高く舞い、に着地する。


 山と城壁の距離は、歩数にして千歩ほど。更に、城壁それ自体も人の背丈の十倍はある。だが少年は、その距離を己の脚だけで飛び越えたのだ。



 少年は城壁の上を受け身のように転がり、そのまま城壁を越えて国の中に落ちていく。


「……さて、私は私で、ここで見張ってるかね」



 大女はそれを、遠くの山から眺めていた。



「どうやらもうひと騒動、起きそうだ」




 を、右手に握って。

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