9・Several Sorrowful Dwarfs

 「22階のカエルと言い、さっきのコビトと言い、本当にここは不思議な世界ですね。雨音さんはここが『夢』だって説明してくれましたけど、普通の『夢』なんかよりよっぽど変です。」


 左手に感じる壁紙のざらざらした質感が、なんとも不安を煽ります。胸の内側を触られているような、そんなゾワゾワした感覚が、指先から伝わってきます。前に彼がいてくれるのはとても心強いですが、逆に私の後ろには誰もいないこの状態も恐怖を増やしています。


 「そうですね……。やっぱり、だからこそ『悪夢』なんだって気がします。何としてでも屋上に出て、この夢から醒めなきゃですね。」


 「ですね。頑張りましょう――っていう話をしている間に、着いたようです。」


 さっきの村を出発してからどれくらい歩いたでしょうか。歩数的にはそこまで歩いていないとは思いますが、なんせ真っ暗闇の中をランプの明かりだけを頼りに進んでいるので、時間がかかります。でも、距離にしても20メートルほどだったと思います。


 紀久君は立ち止まると、また少し右にずれて前方の景色(?)を私に見せてくれました。そこには今伝って来た壁と直交する壁があり、先ほどの村の時と同じように、部屋の隅になっています。


 「ここも、部屋の隅ですね。さっきのコビトたちは”終わり”に沿って進んで行けば”他の村”があると言っていましたけどね。またコビトの村なんでしょうか。」


 「そうね……。やっぱり足元を見てみないと――」


 そう言いながら、私はしゃがんで、ランプで足元を照らしてみました。


 「――きゃ!」


 そう、これも私の口から出た驚きです。でも、笑われることはないと思います。


 足元から声が聞こえてきてその存在に気付いたさっきよりも、しゃがんだらそこに突然コビトたちがいるというこの登場のされかたの方が、よっぽどびっくりします。驚きで尻もちをつかなかった私のバランス力は、一目置かれるべきでしょう。


 部屋の隅の床には、やはりコビトたちがいました。姿や人数は先ほどの村のコビトたちと同じですが、彼らはみな緑色の短パンに青色のタンクトップを着ています。そして、何よりも違ったのは、彼らは何も言葉を発していないということです。コビトたちはひとりひとりバラバラに位置していて、座ったり立ったり寝転んだりしたまま、黙り込んでいます。


 紀久君も数秒の時差でしゃがんで、床を見に来ました。「うっ」と薄い息をもらす音が聞こえます。


 「彼らは……みんな静かですね。」


 「そうね……。なんか、みんなバラバラだし、表情も何とはなしに悲しそう。」


 ランプを前後左右に動かしてみて、彼らをジロジロと観察してみます。やはり老若いろいろですが、みな一様に悲しそうです。しかも、その視線で明らかに私たちに気付いているコビトはいるのですが、さっきの村とは違い、それでギャアギャアと騒ぎ立てるような人(?)はいません。こちらに一瞥をくれるだけで、さも興味なさそうに再びふさぎこんでしまいます。


 「これは……どうしたらいいんでしょうかね。そっとしておいてあげた方がいいんでしょうか……。一応話しかけてみます?」


 彼らのあまりの落ち込み具合に、声をかけるのがはばかられる気持ちも良く分かります。そうして躊躇している紀久君ですが、私は「どうせ夢なんだし」というちょっと投げやりな気持ちで、挨拶してみることにしました。


 「こんにちは。」


 なんの返事も返ってきません。確実に聞こえてはいるはずですが、みなふさぎ込んだように床の深紅を見つめて、全く動じません。


 「こんにちは。ダッフルコートを着込んでる、ちょっと騒がしいとなりの村の人に言われてここに来てみたんだけど、皆さんはあの村の人たちとはお知り合いなの?」


 「……。」


 やはり、なんの返事もありません。ここまで完璧に無視されると、さすがにこちらも話しかけるのが虚しくなります。紀久君も、横で首を振ります。

 

 「やっぱり、返事はありませんね。どうしましょう?さっきの村に戻ってみた方がいいですかね?これ以上やっても、なんだか進展があるようには思えませんし……。」


 「そうね……。一旦戻って……ていうのもいいけど、次の隅に進んでみるのもいいんじゃないかしら?その方が何か新しい発見もありそうだし。」


 なんとなく、今までの経験(2回しかないですが。しかもどっちも晴音のサポート付き)からの勘ですが、この夢ではとりあえず全容の把握に努めた方がいい気がします。


 「うーん。そうですね……。この部屋が四角形の部屋なら一周したらまた彼らの村に戻れるでしょうし、とりあえず先に進んでみますか。」


 「そうね。そうしましょう。」


 そう言うと、この村には見切りをつけて立ち上がりました。10人弱いるコビトの誰にも相手にされなかったのは、少しばかり寂しいですし、それ故に先ほどの村のコビトたちのうるささが強調されます。


 今まで伝って来た壁と直交するもう一つの壁に手を添えて、再び暗闇の行軍が始まりました。だんだんとこの状況にも慣れてきましたが、それでも恐怖は薄まりません。もし、いま私と紀久君がそれぞれ持っている2つの灯油ランプが同時に消えたら、恐らく私はパニックになるか恐怖に支配されて、ここから一歩も歩けなくなるでしょう。もしそうなったら、完全に紀久君頼みです。


 紀久君は、怖くないのでしょうか。思えば、最初に会った時には少し疲れ気味に見えましたが、それ以降はこの不思議な世界に負けることなく、突き進んでいます。今私の前を行く彼の背中からも、あまり恐怖や怯えといった感情は見て取れません。どこか正義感というか、義務感のようなものに突き動かされているような感じがします。


 この夢は彼の夢なので、この悪夢から醒めなくてはならないという義務感があるのも当然でしょうか。

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