3・Funny Demonstration

 晴音はそう言うと私の手を放し、純白のワンピースの裾の上に手を置きました。(ちょっと裾で手を拭いていた気がしますが、私そんなに手汗はひどくないはず……です……。)


 「ここが夢の国?私の部屋……じゃなくて?」


 物がテカテカとコーティングされてはいますが、それ以外は私の部屋そのものですから、あまり「夢の国」という感じがしません。


 「そうよ。ここが『夢の国』よ。ただその様子だと、『夢の次元』とか『夢の世界』とか言った方が納得してもらえそうね。言った通り、あなたたちの世界と夢の世界は表裏一体なのよ。いつもすぐそこにあるんだけど、決して入れない。」


 「現実世界のすぐとなりの世界ってこと?だから風景は私の部屋そのものなのかしら?」


 「そうね。あなたたちの世界でも、ユーレイはこの世界にいるんだけど、見えないし物を触れない、とか、その逆の設定の物語があるでしょ?それと同じよ。すぐそこにあるけど、夢や不思議の国のアリス症候群っていう形でしか干渉しないのよ。」


 晴音は右手の人差し指をぴょこんと立てて、どこか誇らしげに説明してくれました。晴音は見た目は小学生なのですが、説明が上手で、それを聞いていると同級生くらいの年齢ではないかと、そう思えてしまいます。


 でも、どこか変ですね。決して入れないと言われた世界に今自分がいるのですから。私は「開けゴマ」とか言ってないというのに。


 「そうなのね……。あ、でも、決して入れないならどうして今私はこの世界にいるのかしら?晴音ちゃんの力?」


 「そうよ。私はこの世界の管理人さんだもの。でも、それだけじゃないわ。あなたにこの世界との高い親和性があったことも理由のひとつね。」


 晴音はぴょこんと立てていた人差し指で、私のことを指さしながらそう言いました。またしても驚くべき事実が出てきてしまって、私は晴音のその人差し指をポカンと見つめることしかできません。視界の奥にぼやけて映る晴音のワンピースは、夏のひまわり畑を思わせる青と黄色のストライプ柄になっています。


 「親和性?この世界と?」


 「そうよ。そもそも、あなたは幼い頃、不思議の国のアリス症候群っていう症状として、この世界の膜を起きながらにして開けていたわ。そして、あなたは大きくなって自我の輪郭がハッキリしてからも、再び膜を開いたのよ。それを親和性が高いと言わずに、なんと言うのかしら。」


 晴音は私に向けていた指を再び上向きに直すと、ぐるぐると小さな円を描くように人差し指(手首?)を動かしながらそう説明しました。晴音は小さくて可愛らしいのに、やっぱりどこか口調は大人っぽいところがあります。


 「そう……なのね。」


 晴音の説明を聞いても、私の不思議は解消されません。私にそんな力があったことにも驚きですが、そもそもなぜ私はそんな力があるのでしょうか?私に力があるという理由だけで、この世界に引き込まれてしまったのでしょうか?疑問はふつふつと湧き続けます。


 「あら、その感じだとまだ納得がいっていない感じかしら。じゃあちょうどいいわ。あなたに夢の世界に調和する力があるってことが良くわかる実験をしましょう!」


 晴音は動かしていた人差し指をピタッと止め、まっすぐ真上に伸ばしてそういいました。晴音の顔は口角がほのかに上がり、楽しみ5:悪だくみ1といった笑顔を見せます。


 「実験?なにをするの?」


 「簡単なことよ。あそこの机の上に置いてあるペンを取るの。ここから動かずにね。」


 「え、それはどうやって……?」


 ベッドと机はそれぞれ部屋の反対の壁際に置かれています。ですから、ペンを取ろうとしたら立ち上がって2,3歩は歩く必要があります。


 「簡単よ。イメージすればいいの。この世界で大きさは不定だから、あのペンがここまで届くぐらいおっきい物だっていうイメージをするの。上手くいけば実際にそうなるわ。」


 「い、イメージ?」


 「そう、イメージ。集中して、ハッキリとイメージするのよ。」


 私はとりあえず言われたようにしてみます。机の上のペンを注視して、それがここまで届く、太い木材のような大きさになるようなイメージを固めます。


 するとどうでしょう。気付けば、ペンは本当に膨張し、丸太のごとく机とベッドを架けるように横たわっています。巨人用のペンみたいです。芯もとても太くて、これは何ミリペンでしょうか……いや、確実に㎝で表した方が、下手したらmで表した方がいい太さです。


 「そうよ!上手く行ったわ!じゃあそれを掴んで、今度は元の大きさに戻るようにイメージしてみて!」


 晴音は興奮しながら次の指示をだしてきました。私も私でよくわからないですが、とりあえず上手くいったので多少の興奮を覚えながら、指示通りにペンを掴み

(といっても太すぎるので抱えるようにして)、元のサイズをイメージします。


 すると今度も気付けばペンは元の大きさに戻っていて、結局私はベッドから一歩も動かずにペンを手に入れることができてしまいました。なんということでしょうか。もしこんなことが現実世界でもできたなら、私はベッドやソファーから動かない、なんとも怠惰な人間になってしまいそうです。


 「す、すごい……本当にこんな風になるのね。」


 「そうよ。これが夢の世界の仕様なの。でも、あなたやっぱり私が見込んだとおりね!今のも下手したら空間が伸びきって、あなたの腕はちぎれてたわ!」


 「え?……いや、え?腕がちぎれる?」


 「ああ、それは忘れてちょうだいね。でも、そんなあなたにお願いがあるの!」


 いやいや、サラッと流せるわけの無い話でしたよ今の。そんな危険なことをこの子は私に笑顔でさせたのでしょうか?先ほどの笑顔の、「悪だくみ1」というのはどうやらその密度を見誤っていたようです。


 そして、お願いとはなんでしょうか?見込んだとおりというのは、やっぱり、この世界との親和性……とやらでしょうか。だとしたら、どこかしらいやな予感がします。


 そんなことをいろいろ考えているうちに、晴音はベッドに手をついて、私の方にグッと身を乗り出してこう言い放ちました。


 「お願い!私に雇われて!」

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