11・Several Delighted Dwarfs

 「僕も何となくそんな気はしてました。」


 彼の冷静なその返しに、なんだかひらめきにはしゃいでいた自分が少しだけ恥ずかしくなります。やっぱり、彼の冷静さには勝てません。


 「でも、ここから直接エレベーターに戻るのは難しそうですから、また壁を伝って次の新しい隅を見てみたあと、付けてきた印のところまで進んでそこからエレベーターに戻りましょう。それで大丈夫ですかね?」


 「そうね。そうしましょう。」


 彼の冷静な判断には心の底から素直に従うしかありません。今来た道を戻るより、あと一つだけ残った隅を経由して戻る方が早いでしょう(現実世界の”部屋”という概念が適用されているこを信じれば……ですが)。


 私たちは、再び歩き始めました。また壁に左手を添えての行軍です。もうしばらくこの暗闇にいるのに、目が全く慣れません。近くにランプを持っているからでしょうか?それとも、闇が深すぎるからでしょうか?いずれにしても、ランプの明かりが映し出す紀久君の背中以外は、全く何も見えません。


 そうしてまたもや無言でしばらく歩いたあと、紀久君が立ち止まりました。もう、この辺りの流れには慣れました。隅の壁同士が直交していることに安心感を覚え、そしてしゃがんでコビトがいるかを見ます。


 やはり、コビトが、コビトたちがいました。人数や年齢のバラつきは同じで、しかも今回もまた全員が女性です。唯一違うのはコビトたちの見た目と服装でしょうか。今までのコビトたちはみな、どちらかというと西洋人っぽい目鼻立ちをしていましたが、彼女らの風貌はとっても日本人です。そして、その容姿に寄り添うように、着ている服は大正時代を彷彿とさせる、紺の袴に花柄の銘仙着物といったいでたちです。


 「うわぁ、みんな綺麗な着物……!これが『大正ロマン』っていう服装かしら!?」


 その見た目の華やかさ、日本人の琴線に触れる素朴な美しさに、少しばかり興奮してしまいます。


 「そうですね。みなさん、大正時代の女性の書生スタイル、といった服装ですね。それに、みなさんお話しに夢中なようで、楽しそうです。」


 紀久君も、彼女らの姿に見入っているようです。彼女らはみな2,3人づつで固まっていて、みんな立ち話をしています。耳を澄ませば、どのグループからも喜ばしい話が聞こえてきます。


 「コノマエ、ギンザニイッテキタノヨ。シカモ ショウヘイサン ト。トテモ タノシカッタワ。ホントニ ウレシカッタ。」

 「アラ ソウナノ?ワタシモ、コノマエ ハジメテ オムレツヲ タベマシタノ。アンナニ オイシイ モノガタベラレタナンテ、ホントウニ ウレシイコトヨ。」

 「イイワネエ。ワタシハ、コウカンシュ ノシゴトニ ツケタワ。ミナサン トッテモ イイヒト。トクニ、ショチョウサン ガホントニ オトコマエ ナノヨ。イマノ コウカンジョニ シュウショク デキテ、ホントニ ウレシイワ。」

 「アラ、ソンナトコロニ オオキナ カタガ。コンニチハ。」


 ジロジロと見過ぎたでしょうか。彼女らのひとりが、私たちに気が付きました。


 「はい、こんにちは。みなさん素敵なお着物ですね。私も着てみたいわ。」


 「エエ、イイデショウ? コノ ハナガラモヨウガイマノ ハヤリ ナノヨ。コンド、オヨウフクヤサン ニイッテミルト イイワ! ワタシモ コンナ フクガキラレテ、ウレシイノ!」


 とても陽気で、そして可愛らしい返事をしてくれました。いままで4つのコビトの村にお邪魔しましたが、女性の村はどちらもいい雰囲気です。


 そして、一応この質問をしておかなくてはなりません。でも、私が言う前にしっかり者の紀久君が言ってくれました。


 「みなさん、この世界の真ん中にある”箱”ってなにかご存じないですか?」


 「”ハコ"?キイタコトハ ナイワネ。デモ、オトナリノ ムラノ カタガハナシテイタ ノハキイタコトガアリマス。」

 「ソウネ、ソノヨウナ コトヲ イッテイタ キオクガアルワ。」


 「なるほど……ありがとうございます。」


 どうやら、村同士は多少の交流があるようです。いや、今に始まったことではなく、最初の村のコビトたちも、他の村の存在は知っていましたから、不思議な事ではないでしょう。


 「じゃあ、エレベーターに戻りますか。」


 「そうね。これで多分部屋の四隅は全部通ったでしょうし、行きましょうか。」


 コビトの皆さんのお喋りを邪魔してもいけないので、お別れを告げ、早めに立ち上がることにしました。暗闇満ち渡るこの世界では、立ち上がればもうそれはお別れです。足元は、見えません。


 それから、私たちはまた壁を伝って進み始めました。この0階が現実世界と同じような「部屋」の造りをしていれば、四隅を経由してぐるっと一周してきたわけですから、どこかに出発前に付けた印があるはずです。それを見逃さないように、壁ギリギリまでランプを近づけ、目を凝らします。こんな状況で目を酷使したら視力が落ちそうですが、そんなことを言っている場合ではありません。


 神経を目と指先に集中させ、ゆっくりと進み、そうしてだいぶ時間が経ちました。例によって、いや、例以上に印を見落としてはならないという緊張感から、より歩みは亀に近づいています。


 冷静に距離を測れはそれほどでは無いのかもしれません。しかし、もう印を見逃してしまったのではないか、この部屋は現実世界の部屋とは少し違った構造なのではないか、そういった不安に闇が蝕み始めます。だんだんと目は乾き、喉も乾き、心なしかランプの明かりも暗がってきたようにさえ思えます。

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