15・Please Do /not/ Remember Me
涼葉さんは武器を介さずに、そして
私は最後まで魔主がお母さんであることを涼葉さんに告げず、「お母さんとしっかりお別れできたから、悪夢からも覚められるわよ。」と言い、涼葉さんの夢から出てきました。
多分、これで良かったのだと信じています。今回、涼葉さんにとって大事なのは魔主を倒して悪夢から目覚めることではなく、夢の中のお母さんにすがる自分自身から醒めることだったのですから。
夢の渦から吐き出され、「夢の国」に帰ってきた私に晴音が労いの言葉をかけてくれました。
「ふう、お疲れ様、雨音。武器がでないとか、魔主がお母さんとか、なかなか大変な夢だったけど、なんとかなったわね。」
「うん……。なんだか、涼葉さんの心に当てられたみたいで、なんだか私まで悲しい感じになちゃったわ。でも、武器が出なかったのに魔主を倒せたのは、本当に不思議だけど、良かったわ。」
私は、布団の中でスヤスヤと寝ている涼葉さんの寝顔に目線を落とします。暗いのであまりよく見えませんが、その頬にはうっすらと光の筋が見えます。
「武器がなくても魔主を倒せたのは、武器が出なかったのは、多分だけど、涼葉さんの心そのものが魔主、つまりはお母さんに対する武器だったから、なのかも。」
「涼葉さんの心が?」
「ええ、お母さんが光り輝いた時、お母さんの胸が赤光を放ってたのが見えたでしょ?あれは恐らく
「なるほど……。」
「まあ、これで万事解決ね!本当にお疲れ様!じゃ、忘れずに涼葉さんの記憶を消してから、帰りましょうか。」
晴音は、左手の人差し指をぴょこんと立て、そのピンク一色のワンピースの裾を揺らしながらそう言いました。
「そうね。あ、でも、今回の記憶を消しちゃったら、せっかく涼葉さんがお母さんにお別れできた記憶も消えちゃうんじゃない?」
私は、「記憶を消す」ということの心配事を晴音に問いました。私たちの存在が広まってしまうのは困りますが、今回の夢の内容全てを忘れさせてしまっては、なんだか悪夢から覚めてもらった意味が無いような気がします。
「あ、それに関しては大丈夫よ。前に教えた記憶消去の方法は、悪夢の中から私たちの存在を消すだけで、夢そのものの記憶はなくならないから、心配いらないわよ。」
「そうなのね……よかった。じゃあ、忘れないようにすぐにやっちゃうわね。『全ては儚き夢の中。儚きは砕けて記憶にこぼれ』っと。」
私が記憶消去の文言を唱えると、しっかり光がフラッシュしました。記憶消去成功の証です。
「うん。しっかりできたわね。じゃあ、帰りましょうか。」
「うん!」
こうして、私の悲しくも愛おしい2回目のお仕事が終わりました。帰りに空を飛びながら感じた、初夏の夜明けの風はまだ涼しくも夏の力の感じる風で、海に揺蕩うクラゲのように、その風にずっと浸っていたいと思うものでした。
でも、仕事の帰り道で最も美しかったのは、涼葉さんのお家の、荒れ果てた庭に姿を現した、小さな小さな青葉の芽です。荒れ果てた庭にひっそりと、それでいて凛と顔を伸ばすその芽には、何か涼葉さんに通ずる小さな強さを感じました。
もちろん、この仕事の翌日には私が見たい夢をしっかりと見ました。そうですね……その内容を少しだけ言うなら、まあ、うん……やっぱり、言うのはやめておくことにします。この次の仕事の後に見た夢なら、皆さんにお話しできるものですから、そっちをお話することにしましょう。
そして、前回の最後にもお話した通り、この2回目のお仕事が、私が”夢のお医者さんの見習い期間”として晴音と一緒にこなした最後のお仕事でした。次の3回目のお仕事では私ひとりで患者さんの夢のなかに入り込み、悪夢から覚めようと奮闘しました。
今考えれば、こんなに特殊なお仕事の研修がたったの2回というのはだいぶ無茶なことだなと思いますが、当時の私はそれでもなんとか頑張ってやり切りました。
その3回目のお仕事については、また次の機会にお話ししましょう。
それでは、良い夢を。
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