2・No Way Hallway

  小部屋に(すり抜けて)入ると、そこは黒と青を基調とした、小綺麗な部屋でした。そして、部屋の左手にあるベッドに、人が寝ています。


 そこで寝ていたのは、私と同年代の、高校生の男子でした。勉強机の上に大学入試の過去問題集が置いてあるので、恐らくは高校3年生でしょう。


 「さーて。彼が今日の患者さんね。それじゃ、雨音。後はよろしく。」


 晴音が、机の上に置かれている地球儀をまじまじと見つめながら言いました。なんとも無責任な気がしてなりませんが、いざとなったら助けてくれるとのことなので、ここはまあ、いいとしましょう。


 「ええ、行ってくるわね。何かあったら帰って来るから、ここにいてね。」


 「分かってるわ。気を付けて。」


 私は晴音に念押しをすると、彼の夢に入り込むための渦を起こします。もはや慣れた手つきです。出来上がった渦に、もう何の抵抗もなく身を投げした。吸い込まれる直前に見えた、晴音の真黒のワンピースが印象的だったのを今も覚えています。




 「ふう、ここが彼の夢の中ね。」


 渦から吐き出され、彼の夢の中に入り込むと、私はまずあたりを見まわしました。


 あたりの風景を見て、私は息を飲みました。私がいたのは、とんでもなく広い古洋館のエントランスでした。足元には毛の高い深紅のカーペット、壁には美しい絵画と精巧な装飾、天井には煌びやかで荘厳なシャンデリア。


 目の前には大聖堂の階段のごとき幅を持つ階段、背後を振り返れば私の身長の3倍はある扉がそびえています。


 「すみませーん。誰か、だれかいませんかー?」


 誰の返事もありません。館が大きすぎて、私の声は跳ね返らずに闇に消えてしまいました。


 どうしようもないので、とりあえず背後の扉を開けて外に出てみることにします。もしかしたら、患者さんは館の外にいるのかもしれません。


 私は扉の前まで歩き、身の丈を遥かに超える大きな扉を押します。


 しかし、扉は開きません。


 もっと力を込めて押します。


 それでも開きません。


 もっともっと、体重を乗せて、声に力を乗せて、全力で押します。


 「ううー!開いてぇー!」


 それでも、扉は開きません。びくともしません。こんなに押してもダメなら、もうあきらめるしかないでしょう。私は一息つくと、振り返って階段の方を見ます。


 階段は十数段上がったところで踊り場になり、そこから左右に分かれて折り返して上の階に続いています。扉がダメなら、あの階段を使って別の階に行ってみるほかないでしょう。患者さんに会わなくては話が始まりませんから、外がダメなら館の中で患者さんを探してみることにします。


 階段にもレッドカーペットは敷かれていて、手すりは艶やかで深い色をした木製です。


 しかし、階段を登ろうとその一段目に足を置こうとしたときです。


 ――バチン!――


 足が何かに弾かれました。私はなにが起きたのか理解できずに、足元を見ます。


 すると、そこにはラップのような薄い光の膜がありました。これに弾かれたのでしょうか?今度は、恐る恐る手を階段に向かって伸ばしてみます。


――バチン!――


 「イタイ!」


 私の手がその膜の場所に触れた瞬間、またも弾かれてしまいました。しかも、今度は膜に触れた手に強い静電気が走ったようで、痛みを感じます。


 「な、なんなのよこれ……。」


 私は数歩たじろぎました。扉もダメ、階段も昇れない。これでは、このやけに広い洋館の一階エントランスで立ち往生です。


 「すみませーん。誰かいませんかー!?」


 少し声を大きくして再び人に問いかけます。しかし、返事は無く声は館の隅に吸収されていってしまいます。


 「はあ、どうしたらいいの……?」


 私は途方に暮れて、辺りを無気力に見渡します。もう夢から出て、晴音に助けを求めた方が良いでしょうか?


 そんなことをぼんやりと思っていた時です。シャンデリアの光が届かずに薄暗くなっているところ、正面の大きな階段の端。そこの奥に、廊下が続いているのを見つけました。


 私は、恐る恐るその廊下を覗いてみました。その先の廊下は薄暗く、数十メートルごとにある燭台上のろうそくが、怪しげに揺らいでいるだけです。


 しかし、それでもここ以外に進める道がないので仕方がありません。私は「どうせ夢の中だし。大丈夫よ。」と少し謎な理由で自分を鼓舞し、廊下を進むことにしました。


 その廊下は、廊下というには少し違った様子でした。どれだけ進んでも廊下は枝分かれせず、また他の廊下と繋がることもありません。ずっとずっと、一本道の、扉すらもない長い直線の”抜け穴”とでも言うべき道が続いています。


 私はどれだけ歩いたのでしょうか。いや、そんなに長くはありません。それでも、今私が館の中にいると考えると、15分も真っすぐに歩き続けることができる廊下を持つ洋館というのは、一体どれほど大きな建物なのでしょうか。


 少し歩くのが億劫になり、もう引き戻そうかという考えが頭の中にちらほらと湧き出てきた頃。薄暗く続く廊下の先に、光が溜まって少し明るくなった場所が見えてきました。


 「何?あれは……?」


 私は歩速を早めて、明かりに向かっていきます。そして、その光がだいぶハッキリ見えるところまで近づいたときです。私は少し上がっていた息を、くっと飲み込みました。


 こそには、明かりの中には、コビトがいました。

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