3・Encounter Frog, Box, and He

 今度は見間違いではありません。確かにそこにはコビトがいます。


 背丈は私の腰ほどまでしかなく……いや、背丈のことはどうでもいいでしょう。何よりも特異だったのは、彼(?)の顔です。彼は、首から下は普通の人間なのですが、顔だけはなぜかカエルなのです。しかも、サーカスのピエロのような化粧を施したカエルです。


 「え?な、何……?か、カエ……ル?」


 私は戸惑い、数歩後ずさりしました。


 「は、ハハっ!怖がラなくてモ良イよ!僕は彼の夢のソの一部でシか無いかラさ!」


 私の混乱と恐怖は、そのカエルの発言によって一気に突沸しました。カエルが、コビトが、最早何かわからない生物が話しかけてきたのです。これで冷静でいられるのは……夢に慣れている晴音くらいなものでしょうか。


 何も言えずに固まる私を横目に、コビトガエルは話を続けます。


 「ほらホら。君も頑張っテね。この彼ノ夢かラ出るニは、屋上に出るしかナいよ?彼と協力して、頑張っておくレよ。」


 そう言うと、カエルは床に沈んでいきました。ええ、床にです。カエルがいたそこだけが突然沼地になったかのように、カエルは床にずぶずぶと沈み、姿を消しました。


 そして、それと同時に周りの明かりが急に暗くなり、今までの廊下と同じような薄暗さになってしまいました。しかし、そうしたことで、私はすぐそこの壁に、ひとりの人間がうなだれているのを見つけました。


 やっと人と出会えました。しかも、その外見からしてこの夢を見ている張本人、今日の患者さんです。事態が大きく前進した予感がします。


 「あ、あの……すみません。あ、あなたは……?」


 私は、体育座りをして壁にもたれかかっている男子に、恐る恐る声をかけてみます。私の声が聞き及んだのか、彼はぴくっと少し身を揺らすと、ゆっくり私の方を振り返りました。


 「あ、ぼ、僕は……分からないです。気付いたらここにいて。ずっと廊下を歩いてきたんですけど、もう歩き疲れてしまいまして。あなたは?どうしてここに?」


 彼の顔には、目に見えて疲れが滲んでいました。歩き疲れて、ここでうずくまってしまったということでしょうか。


 それから私は、私と夢について彼に説明しました。ここが彼の見ている夢の中であること。この夢から覚めるには魔主まのしゅを倒さなくてはいけないこと。魔主を倒すには私が彼の心から作る武器が必要なこと。そして私がその武器を作り彼を悪夢から覚めさせるために来た「夢のお医者さん」であること。


 私が一通りの話をすると、彼は信じられないと混乱した様子でしたが、数分も経つと落ち着きを取り戻しました。そして、彼自身の話を少ししてくれました。彼はやはり高校3年生で、名前は阿良々木あららぎ紀久のりひさというようです。


 私は今高校1年生なので、彼は2つ上の先輩ということになるのですが、彼は「呼び捨てでいいよ。良く分からない夢の中ですから。」と言いました。ですが、呼び捨てはどうにもはばかられたので、私は彼を「紀久君」と呼ぶことにしました。


 彼の、糊がピシッと効いたブレザーの制服、ヨゴレひとつ無い細フレームの眼鏡、疲れが見えつつも機知を感じる凛々しい表情。それらは私に彼を呼び捨てさせることを大いに阻みました。学年でも有名な、とてもまじめで勉強もトップクラスの、「優秀な生徒」といった雰囲気が漏れ出ています。


 「……で、魔主っていうのはどこにいるんですか?そいつを倒さなくちゃいけないんですよね?」


 「ええ、そうよ。でも、この広い館の中にいるとしたら、探すのはとっても大変だと思います……。あ、でもさっき変なカエル?が『夢から出るには屋上に出るしかない』みたいなこと言ってましたね。」


 あれをカエルと呼んだらいいのか、コビトと呼んだらいいのかは良く分かりません。


 「屋上……とにかく上の階にいかなくては話が始まらないということですか……。でも――」


 「階段が使えない、ですよね。やっぱり紀久君も弾かれちゃいましたか。」


 「はい。ダメでしたね。」


 彼は、ふう、と軽くため息をつきます。何か考え事をしているのか、真剣な表情でうつむいています。


 屋上にでなくてはいけないのに、唯一の手段である階段が使えない。さっそく解決法が無い「詰み」の状況です。


 「ど、どうしますか?他に手段が――」


 「じゃあ、このエレベーターに乗るしかないですね。」


 私の言葉を遮って、紀久君がそう呟きました。私は「へ?」と変な声を出します。

 

 紀久君は、ゆっくりと右手でエレベーターを指さしました。先ほどカエルが立っていたそのすぐ後ろ、そこは廊下の突き当りになっていて、そこに古びた木製のエレベーターがぽつねんと客人を待っています。


 さっきまで、私が廊下の奥に明かりを見つけた頃まで、そこは確かに廊下の途中であったはずです。いつの間にエレベーターが出現していたのでしょう。目の前にあるのに、全く気が付きませんでした。


 自分の観察力の無さが少し恥ずかしくなると共に、彼の落ち着きようと視界の広さに感心してしまいます。


 「あ、え、エレベーター……。そ、そうね。とりあえず乗ってみましょう。」


 私と紀久君は、古びたエレベーターに乗り込みました。そのエレベーターはかなりの旧式で、扉も完全に閉まるものではなく網目格子を横にスライドして開ける方式のものです。


 エレベーターに入ってみると、そこはそこでまた不思議なものでした。

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