夢診る雨音は館の中で

檻の夢

1・Midnight Summer

 みなさん、こんにちは。「夢のお医者さん」こと佐藤雨音あまねです。 さて、以前お話ししたとおり、私は晴音はるねとの契約によって「夢のお医者さん」となり、2回の研修が終わりました。今日は、前回に約束した通り、私が初めてひとりでお仕事をした日について、お話ししようと思います。


 私の初めてのひとりの仕事は、それはそれは大変なものでした。あれは、確実に晴音の手助けが必要な夢でした。それなのに、晴音はそんなことはつゆ知らず、私が彼の夢から出てきた時には、床でスヤスヤと心地良さそうな寝息を立てていました。


 そんな一大事となった私の初ひとり仕事は、夏が猛威を振るい、昼には日差しとセミの声が、夕方には大粒の雨と雷がこれでもかと降り注ぐ季節でした。


 私は、寝る時間に合わせてセットしておいた冷房の温度を確認すると、薄いタオルケット一枚だけをお腹にかけて、ベッドに横になりました。まだまだ外では日中に熱を溜めたアスファルトがじりじりとしていますが、この寝室は寝心地よい温度です。


 昼間の熱にやられてか、私はすぐに眠気を覚え、部屋の電気を消し、目をつむりました。


 ですが、どこか寝苦しい感じがします。背中の辺りでしょうか。どこか、蒸し暑いと言いますか、むしろそこだけひんやりしていると言いますか、変な違和感が背中にあります。


 私は再び部屋の電気をつけ、上半身を起こして背中の辺りを寝ぼけまなこでちらと見ました。


 「へへ、見つかっちゃった。」


 そう、そこにはシーツと私のタオルケットの端に上手く身を包み、隠れていた晴音がいました。今までで一番迷惑と言うか、逆に凝った登場な気がします。小学校低学年ほどの小柄さを無駄に活かしています。


 「は、晴音ちゃん?お久しぶり。どうしたのそんなところから登場しちゃって。」


 「まあ、時にはこんなのもいいかなって思ってね。」


 晴音はクスっと口元で笑います。ワンピースも、その唇の色とそっくりの、薄いピンクの中にちょっと濃い紅が混じったような色をしています。


 「晴音ちゃんが来たってことは、今日はお仕事の日ってこと?」


 「ええそうよ。それでなんだけど、今回から、雨音ひとりで仕事をしてもらうことにするわ!」


 「え!?」


 晴音のその発言に、私の眠気は一気に飛びました。まだ2回、それも前回はかなり特殊な解決方法だったのにもかかわらず、もうひとりで仕事をしなければならないなんて、無茶な気もします。


 「『え!?』じゃないわ。本当よ。でも安心して。一応、患者さんのところまでは一緒に行くからさ。私はそこで夢の中には入らずに、外で待ってるから。」


 「あ、そ、そうなのね。」


 なんだか挙動不審な返答になってしまいました。晴音は完全に大丈夫だと思い込んでいるようですが、こんな初心者の私がひとりで仕事なんてできるでしょうか。ただ、晴音の様子を見ていると、なんだか断れない感じもします。


 「患者さんのもとまでは、ついてきてくれるのよね?」


 念押しの確認です。


 「ええ、そこまではついていくわ。だから、もし緊急事態になったら一回夢から出てきて、私に言ってくれれば、それで大丈夫よ。」


 その晴音の言葉を聞いて、ほっとします。もしもの場合にいてくれるなら、ひとまず私だけでやってみるのも悪くない感じがします。


 「晴音ちゃんが外で待機していてくれるなら、大丈夫だと思う。ありがとう。」


 「ええ、信頼してちょうだいね。」


 晴音は私に頼られて、胸を張ります。その胸元には、薄青いワンピースに良く映える向日葵型のレースの飾りが付けられています。


 「じゃあ、今日の患者さんのところに向かうわよ!」


 それから、私と晴音は夢の国の中に入ると、患者さんのとこへと飛んでいきました。夢の国とはいえ、やはり外はムシムシと暑く、お世辞にも気持ちの良い空中散歩とは言えませんでした。


 晴音に言わせれば、「雨音が蒸し暑いところを想像しているせいだ」とのことでしたが、今が夏である以上、この気温と湿度を想像してしまうのはしかたのないことな気がします。


 それから、患者さんのもとへと向かう途中に、私は晴音から「患者さんの探し方」を教えてもらいました。その方法というのも実に夢の国らしい方法で、まずは目を閉じて、この夢の国を覆う透明な膜に意識を集中します。すると、夢を見ている人々、つまりは夢の国が心の中に入り込んでいっている人々の様子が、街を透視するように見渡せるのです。


 その夢の国を取り込んでいる人のなかでも、異常に取り込む量が多い人、それが今日の患者さんになるのだそうです。取り込む夢が多ければ多いほど夢の国の成分が強くなりますから、それで悪夢になる確率が高くなるそうです。


 そんな今日の患者さんの家は、私の家に一番近いターミナル駅の、駅チカタワーマンションの一室に住んでいました。

 

 マンションの大きく南に開けた窓から(すりぬけて)部屋の中に入ります。


 入ったその部屋はどうやらリビングのようでした。お高そうな、天板がガラスになっている机、ふっかふかの皮のソファー、そして私が両手を広げたよりも大きいインチの薄型テレビもあります。


 ですが、患者さんはこのリビングにはいません。どうやら、リビングに繋がる廊下の途中にある扉から入れる、小部屋にいるようです。

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