7・Invisible Corner
寸分先も見えない闇の中を、床のカーペットを踏みしめながらゆっくりと進んでいきます。手元に灯油ランプがあると言っても、それが照らせる範囲は私たちの顔辺りまでで、ようやくお互いの顔が見えるか見えないかといった程度でしかありません。
空間に充満している生ぬるく湿った空気をかき分けながら、真っすぐ歩き続けます。なんとも不気味というか、奇妙というか、タチの悪いお化け屋敷のようで、不安に駆られてか、私の身体は無意識に紀久君にすり寄って行ってしまいます。
そうして牛歩のスピードで数十秒ほど歩みを続けると、なんだか正面の空気がより澱んでいることが分かりました。澱んでいるというよりは、そこに空気が留まっているような感覚です。紀久君もそれを察知したのか、先ほどまでよりももっと歩速を緩めて前進します。
すると、突然です。急に目の前に壁が現れました。私も紀久君も、「うっ」と声を漏らしてのけぞります。空気が澱んでいるように感じたのは、そこに壁があったからのようです。
「か、壁ですね……。とにかく、この闇の空間が”無限”とかじゃなくてよかったです。」
「そうね……。にしても、この壁はどういう壁なのかしら……?部屋の壁?廊下の壁?それとも、ここに一枚だけ立っている壁なのかしら?」
私は、灯油ランプをギリギリまで壁に近づけて、壁をよくよく観察してみます。壁にはカーペットと同じような深い赤の壁紙が貼られています。
「壁紙が貼ってあるってことは、これは部屋か廊下の壁っぽいわね……。」
紀久君も、まじまじと壁を見ています。
「そうですね……。とりあえず、ここになんらかの印を残して、壁沿いに進んでみましょう。壁に沿って行けば、また壁に沿ってここまで戻ってこられるはずですから、ダメだったら戻ってきましょう。」
私は紀久君の提案に頷きました。
灯油ランプの持ち手で壁をひっかいて印をつけると、私たちは壁に向かって右側へと歩き始めました。左手を壁に添え、恐る恐る歩みを続けます。先ほどまでとは違って、壁沿いにいるという安心感はありますが、それにしてもほとんど何も見えないなかでの行進にはどうしても足がすくみます。私は、紀久君の後ろについていきます。
そうしてふたりとも恐怖に口を閉ざされながら進んでいると、再び前方の空気が澱んでいる感覚を察知しました。しかも、さっき壁の時に感じたものよりもよりいっそう澱んだ度合いが強いのです。
紀久君もそれは感じ取ったようで、眼前に映るその背中から緊張や慎重が伝わってきます。
そこから数歩進んだところで、紀久君が止まりました。
「これは……壁、というより部屋の隅、ですかね……。」
そう言いながら紀久君は少し右に寄って、私に前方の視界を明け渡してくれました。
すると、そこは確かに部屋の隅でした。そこには、今伝って歩いて来た壁と直交するような壁がありました。ここが隅になっていたからこそ、さっきよりもより強く空気の澱みを感じたのでしょう。
そうして私たちふたりで隅をまじまじと眺めていると、なんだか足元から音(声?)が聞こえて来ることに気が付きました。紀久君とほぼ同時に足元を見ます。
すると、そこにはコビトがいました。いえ、正確に言えば、コビトたちがいました。しかも、晴音やコビトカエルとは違い、本物(?)のコビトです。私が手を広げた時の、小指の先から親指の先くらいの身長のコビトが、7,8人います。
「わあ!」
私も紀久君も、驚いて数歩後ずさりしました。手に持っていたランプを落とさなかったのは、褒められていいことでしょう。それくらいに驚きました。なんせ、暗闇で足元にコビトがいたことに急に気付いたのですから。
私は、しゃがんで床近くをランプで照らし、恐る恐るコビトたちをよく見てみました。彼らは全員男の人のようで、ぱっと見年齢もバラバラ、でもみんな明るいベージュのダッフルコートに身を包み、真っ赤な帽子を被っています。
ふたりとも、目のまえの光景に言葉が出ません。ただ、薄いランプの光に照らし出された彼らを凝視するだけです。しかも、そうしていると彼らが話しているのがどうやら(とても聞き取りにくいですが)日本語であることに気付きました。
「オイオマエ、トナリノ ムラノ ヤツガ マタ セメテキタンダッテナ!!」
「ソウナンダヨ。ホントニ ハラダタシイ ヤツラダ!!」
「ユルセネエナァ、アイツラ ユルセネエ。デモ、コウゲキヲ ジゼンニ フセゲナカッタ ジブンタチモ ユルセネエ!!」
「ソウダソウダ、ユルセネエナア!アア、ホントウニ ハラダタシイ!」
コビトたちは円を描くように立ち並んでいて、どうやら文句を言い合っている様です。コビトの年齢は10歳前後のこどもからシワシワの老人までいるのですが、皆一様に怒っていて、文句を言って怒りをぶつけあっています。
そんなコビトたちの様子にあっけをとられて黙り込んでいた私たちですが、そのコビトたちのうちのひとりが、そんな彼らを覗き込んでいる私たちに気が付きました。
「オイ オマエタチ、ナンナンダ!」
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