13・Decision

 「……!?何も……ない?」


 涼葉さんの心に突っ込んだ私の手は、何も探り当てませんでした。手首をうねうねと動かして必死に探しましたが、涼葉さんの心のなかには武器がありませんでした。


 「どうしたの雨音?武器は?」


 「それが……何も無かったの。」


 私の返答を聞いて、晴音は目をまん丸にして驚き顔を見せます。


 「……?武器?どうしたのお姉さんたち……?」


 私の腕のなかで泣きじゃくっていた涼葉さんが、私たちの会話を聞いて、まだ顔を乾かぬ涙で濡らしながら尋ねてきました。


 「え、えっとね涼葉さん。この夢から醒めて、お母さんとお別れするためには、この夢の主である魔主まのしゅっていうのを倒さなきゃいけないんだけどね、その魔主を倒すのに必要な武器は夢を見てる本人、つまり涼葉さん自身から作られるんだけどね、それがなかったというか……。」


 涼葉さんは、一息に説明した私を見上げてポカンと口を開けています。私の腕の中には口をあんぐり開けた少女がひとり、そして私の横には目をまん丸に見開いた幼女にひとり居るという、なとも言えない空気のダイラタンシー的状況になってしまいました。


 それでも涼葉さんはなんとか私の言葉を理解しようとしてくれたようで、返答してくれました。


 「じゃ、じゃあ、私は魔主ってやつを倒せなくて、この夢から覚めることはできないってこと?」


 「え、えっとね、それは……。」


 正直に言えば、私が涼葉さんにしたこの夢のシステムの説明は晴音の受け売りですから、武器がでない状況も武器がなかったらどうなるかも私は全く分からないのです。私は流石にもう目をいつもの大きさに戻した、横にいる晴音に助けの目線を送ります。


 晴音は私の視線を受け取り、さも台本に書かれていたかのようなスムーズさで助け舟を出してくれました。


 「いや、私もこんな事態初めてだからよく分からないけど……。でも、心から作られる武器は、それを介してでなきゃ魔主の魔核は壊せないから、武器がないと悪夢からは覚めれない、かも……。」


 なんということでしょう。まさかこのまま涼葉さんは毎晩毎晩この悪夢を見続けなくてはいけないのでしょうか。ましてや、今夜この夢から覚めることは出来るのでしょうか。晴音はしょんぼりとして肩をすくめ、足元のきな粉を絡めとったお餅のような柄のワンピースの裾をじっと見つめています。


 「ま、まあでもまだ分からないじゃない?一応やってみないと――」


 ――ガチャン――


 私がそう言いかけたとき、玄関の鍵が開けられる音が響きました。私たちは反射的に玄関の方を振り向きます。誰か帰ってきたのでしょうか。


 「誰か帰ってきたの?誰かしら?」


 「多分お母さんだと思う。お買い物から帰って来たんじゃないかな……。」


 私は困ってしまいました。私はまだ涼葉さんのお母さんには姿を見せていないのです。このままでは、いきなり自分の娘が見ず知らずの他人と部屋で抱き合っているところを見せることになってしまいます。そのうえ、今回の敵、と言っていいのかは分かりませんが、魔主はお母さんです。


 「ただいまー。涼葉?居る?おやつ買って来たわよー。」


 廊下の方から、足跡と共にお母さんの声が近づいてきます。マズいです。とにかく、姿を隠してこの場を一旦やりきるしかありません。


 「ど、どうする?晴音。私たちどっか隠れなきゃ。」


 「そうね。涼葉さん、とりあえずそこのクローゼットお借りしていいかしら?夢のなかとは言え、あなたのお母さんを驚かせちゃうのはちょっと避けたいもの。」


 涼葉さんは晴音のお願いにコクコクと小さく頷くと、サッとクローゼットの扉を開いてくれました。私たちはそこに駆け込みます。


 それと同時に、「涼葉ー。開けるわよー。」という声と共に涼葉さんの部屋のドアがガチャリと開きました。ギリギリセーフ。胸を撫でおろします。


 「涼葉、おやつ買ってきたから、リビングで一緒に食べましょ。」


 「う、うん。ありがと。今勉強中だから、終わったらすぐ行くね。」


 涼葉さんが顔を伏し気味にそう応えると、お母さんは「そう、待ってるわね。」と言って部屋から出ていきました。


 それからすぐに、涼葉さんが外からクローゼットの扉を開けてくれました。


 「あ、ありがとう涼葉さん。」


 「うん。大丈夫。でも、私どうしたらいい?武器が無いから、私夢から覚められないの?お母さんにちゃんとお別れできないの?」


 私も晴音も、その問いに対する答えを持ってはいませんでした。武器がなくては魔主は倒せないうえに、その倒さなければならない魔主がお母さんであるという残酷な事実も、まだ涼葉さんには伝えられていなかったからです。


 それでも、私は直感的に今涼葉さんがしなくてはいけないことを知っていました。それは武器を作ったり、それで魔主を倒したりと言うのとは全くなんの関係もないことですが、それとは別に、今涼葉さんにとって最もしなくてはならない事のような気がしました。


 私は、「実はね――」とその残酷な事実を告げんとする晴音をほぼ無意識に、それでいて自然に制止し、静かに涼葉さんにこう告げました。


 「涼葉さん、あのね、確かにこの夢から覚めるのも、それでもってお母さんとのお別れとするのも大事なことだと思う。でも、今涼葉さんの心が生み出した夢のなかで、生きてるお母さんがいる。今いるこのお母さんに、自分の言葉で、直接お別れを告げるのも、とても大事なことだと思うの。魔主を倒すのも大事かもしれないけど、お母さんにお別れを直接言えるせっかくの機会だから、それを無駄にしちゃいけないと思う。」


 涼葉さんの涙は、もうとっくに止まっています。彼女は、孤峰の頂に佇む万年雪のごとく静かで、それでいて強固な決意をその目に映しました。


 「うん。そうだね。いってくるよ。」


 返事としてはなんの変哲もない、けれどもそれでいて比肩する者のない覚悟を乗せた返事をして、涼葉さんはお母さんの待つリビングへと歩き出しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る