8・GAME SET

 「え、何?」


 私は驚きの声をあげながら優二君の方を見ます。すると、なぜか優二君は自分の右手で自分の頭(の右側)をポコポコ叩いているではありませんか。


 「ま、まさか……このコントローラーって優二君を動かすコントローラーだったの?」


 「え!?そうなの!?」


 私の声を聞いて、座っていた晴音もすかさず驚きの声と共に腰をあげ、窪みから顔だけをこちらに見せます。晴音自身も、武器の能力を予見し間違えたことに驚いている様子です。


 「うおおぉぉ!なんか右手が勝手に!お姉さん助けてええぇぇ!」


 優二君は言うことを聞かない(というより私が言うことを聞かせている)右手を左手で制しながら、なおも息きりぎりで魔主から逃げ回っています。すごい体力あるな、とふとインドアの自分と比較して感心してしまいます。彼はサッカークラブにでも入っているのでしょうか。


 「ど、どうしよう。優二君を動かす武器って、どうすればいいの……?」


 私の思考が完全に「予想外」という障害物にせき止められていると、後ろから顔だけ窪みからのぞかせている晴音の声が聞こえました。


 「だったら、優二君を操作してあの魔主を倒せばいいのよ!前にも言ったけど、多分この夢は優二君がゲームをやりすぎたことに原因があるのよ。だったら、そのコントローラーで動かす優二君は、ゲームのキャラみたいな、超人的な動きができるはずだわ!」


 「わ、分かったわ!ありがとう!やってみる!」


 「放任主義」という前言は撤回した方がいいかもしれません。私は突破の手がかりをくれた晴音にお礼を言うと、再び両手でコントローラーを構え、優二君の方に意識を向けました。


 未だ操作は分かりませんが、さっき動かしたいように右手を動かせたということは、やっぱり基本的なアクションゲームと同じ操作のようです。それなら、あらかたやりたい動きはできるでしょう。インドア大学生ゲーマー(にわか)の本領を発揮するときです。


 「いくわよ優二君っ!体の力抜いて!私に任せて!」


 「え、あ、はいっ!」


 私は大声で優二君に合図を出すと、操作を始めます。魔核は大きな犬の耳のあたりにあるので、とにかくその高さにまで行かなくては行けません。まずは、犬の背中に乗せてみます。


 優二君を犬の走っている進行方向から90度方向転換させ、犬の横に位置取らせると、すかさずジャンプと掴みのモーションを入れます。すると、狙い通り乗馬するような恰好で(犬だから乗犬?)、四角形の犬の背にまたいで乗ることが出来ました。


 「やった!上手く乗ったわ!次いくわよ!」


 「イタイイタイイタイイタイ!お姉さん早くして!ああ!股間が!股間がぁ!」


 私が乗犬(?)に成功させて喜ぶのも束の間、優二君はまたも悲鳴をあげました。ああ!よく見れば、犬を形作っている四角形が、それにまたがっている優二君の股間にグリグリとめり込んでいるではありませんか!あれは痛そうです。私には男の人の”そういう痛み”はよく分かりませんが、見るからに”あれ”は激痛です。


 私はすぐさま次のコマンドを打ちにいきます。背中を取ったのですから、敵の魔核はすぐそこです。ここは大ジャンプからのキックが最大威力が出る攻撃でしょう。まずは犬の背中で跨いでいる状態から背中の上で立つ状態にします。


 コマンドを打ちこむと、優二君はふらふらしながらも両腕で上手にバランスを取りながら、犬の背中の上で立ち上がります。私も私でスティックの微調整を入れながら、大ジャンプできるような優二君が真っすぐ立てるタイミングを探します。


 「今だ!飛ぶよっ!」


 優二君が犬の背に対して一瞬直立になったタイミングを見逃さずにジャンプのコマンドを連打しました。連打は全くの無意識だったのですが、優二君は空中で空気を蹴るようにして、さらに3回、4回とジャンプを重ね、4階建てのビルと同じくらいに飛び上がりました。


 「う、うわ!高い!?なにこのジャンプ!?」


 「そのまま落下攻撃いくわよ!体重乗せて!」


 空中でさらにジャンプという、文字通り超人的なアクションをしたことに優二君自身も空中で驚いています。私は、優二君が最高到達点に達したことを確認すると、ドロップキックのコマンドを素早く入力し、さらに高高度からの攻撃なので標的を逃さないようにスティックで落下位置の微調整を挟みます。


 「いっけえええ!」

 「いええええ!?」

 「いっちゃええ!」


 私、優二君、そして窪みから身を乗り出した晴音の3人が無意識にも声を合わせて(優二君のは単に落下の悲鳴な気もしなくはないですが)叫びます。


 ――カチン――


 軽い金属同士が、しかし高速で力強くぶつかるような音が草原に響きました。優二君のドロップキックは魔核ごと犬の頭と前足を地面まで貫き、犬を形作っている無数の四角形を粉々に粉砕しました。


 私はその普通に生きていたら目にすることがない光景に圧倒されながらも、しっかりと地面に激突しないように回避モーションのコマンドを入れます(こういうところはちゃんとゲーマーです)。


 魔核を貫かれ、粉々に破壊された魔主はそのまま動きが硬直し、音もなく崩れ去りました。跡形もなく消えた魔主のなかから、回避コマンドで転がり出てきた優二君が私たちのほうに駆け寄ってきます。


 「やった!やりました!ありがとうございます!あいつ倒しましたよ!」


 「やったね!優二君もありがとう!」


 裾のあたりが薄っすらと黒みを帯びた、全体としては薄い黄色のワンピースを着た晴音を含めた3人で成功を祝して抱き合います。私も、初仕事が無事に成功に終わった喜びに、そして安堵に浸かります。


 「よし、とにかく任務完了だね。雨音も、優二君もお疲れ様。魔主まのしゅを倒したから優二君はしばらくは悪夢を見ないと思うわ。でも、あまりゲームを寝る直前までしたりとか、そういう悪夢の原因になるようなことしちゃだめだよ。また魔主のパワーが溜まって復活しちゃうからね。」


 「うん。分かった。もうしない。」


 優二君は素直にそう誓いました。晴音はその返事を聞いて「うん」と軽く頷くと、私の手を握りじゃあ帰ろうか、と言ってきました。


 「じゃあ、私たちは帰りましょうか。優二君、じゃあね。」


 「じゃあね、優二君。」


 私たちは優二君に別れを告げ、優二君の夢から外の世界へと帰りました。


 



 

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