7・GAME START

 「む、胸に腕を?」


 「そうよ。武器は夢を見ている本人の心から造られるって言ったわよね。心は大概、心臓と同じ場所にあるわ。だからそこに手をつっこんで、武器を取り出すのよ。」


 「え、ええ……」

 「え、ええ……」


 私と優二君はお互いを見合って、「ホントにやるの?」といった表情を作ります。夢の中なので、恐らく胸に手をつっこむこともできるでしょうし、それで優二君が出血死するようなことも起こらないと思いますが、それでも人の胸に手を突き刺すというのは、やる側もやられる側も躊躇せざるを得ません。


 「ほらほら。早くしないと。優二君の悪夢は終わらないわよ。痛くもなんともないから、早くやりましょ。」


 晴音はこちらの戸惑いもつゆ知らず、事を急いてきます。仕方がありません。「夢のお医者さん」として、やることはやることにしましょう。


 「じゃ、じゃあ行くわよ優二君。」


 「わ、分かりました。お、お願いします!」


 私は、優二君の胸に手を当てると、そのままグッと押し込みました。すると、スライムに手が飲み込まれるように、私の手は優二君の体のなかに沈み込んでいきます。


 私は体内に入った掌に意識を集中して、武器を手探りで探します。あまり手を大きく動かすのはなんだか気が引けたので、差し込んだ位置からはあまり動かさず、手首をあっちやこっちに曲げて探します。優二君は自分の胸に突き立っている腕を不思議そうに、そしてどこかむずがゆそうに見つめています。


 そうして数秒優二君の胸の中をまさぐると、コチンと何か固い形あるものが手にあたりました。


 「あ、あった!何かあるわ!」


 「あった?だったらそれが今回の武器よ!しっかり握って、ひっぱり出して!」


 晴音が、濃紺に月光のような色の枝分かれの模様が入った柄のワンピースを揺らしながら、そう檄を飛ばしてきます。


 私はその物体をしっかり握ると、優二君に「いくよ」と声をかけ、一気に引き抜きました。


 「こ、これが武器……?」


 私は引き抜いた手の中にある「武器」をみて、すっとんきょうな声をあげました。だって、それはどこからどう見てもゲームのコントローラーにしか見えなかったからです。


 「これが、僕の心から造った武器?」


 優二君も不思議そうな声をあげます。


 「まったく、ホントに心の中までゲームに支配されているのね。君は。」


 晴音がそう言いながら、コントローラーを覗き込んでいる私と優二君の間に割って入ってきました。「武器」にしては珍しい形態なのか、晴音もコントローラーをまじまじと眺めています。


 「まあ、でも武器がコントローラーってことは、魔主をコントロールできるとか、そういう能力のある武器だと思うわ。さあ、武器の準備ができたから、優二君はあの四角形でできた犬を呼び寄せて。魔主まのしゅは夢を見ている本人に近寄ってくる習性があるから、呼んだらすぐ来るわよ。」


 「わ、分かりました……でも、どうやって呼び寄せたらいいですか?」


 「そんなの簡単よ。この窪みから出て、大声で叫んでいたらすぐにでも寄って来るわ。」


 そう言うと、晴音は窪みのちょうどいい感じに腰掛けられそうな段差になっているところに腰を下ろします。直接草原の上に座って、その淡い空色のワンピースに汚れが付かないかがちょっと気になります。


 「あ、最後に、魔核についてあんまり説明してなかったわね。魔核は、魔主によって位置も形も異なるの。でも、どれも必ず『これは明らかに核だ!』っていう存在感があるから、すぐに分かると思う。とにかく、それを壊せばOKよ。」


 晴音はそこまで説明を終えると、「あとはよろしく!」といった感じで笑顔でグッドサインをしました。私も優二君もそれにつられてグッドサインを返します。


 しかし、「初回だから助けてあげる」と晴音は言っていた気がしますが、あとは私たちでやるということなのでしょうか。新人に対して、なんとも放任主義的な感じが強すぎる感じもします。でも、そんなことを言っていてもどうしようもないので、とりあえずやってみることにします(というよりやらざるを得ません)。


 「じゃあ、行くわよ優二君。頑張りましょう!」


 「うん!頑張ろう!」


 私はゲームコントローラー片手に意気揚々と窪みから出て、草原へと繰り出していきました。


 それから、優二君は魔主をおびき寄せるために、晴音に言われた通りに大声をあげました。すると、ホントに晴音が言った通り、10秒もしないうちにどこからか魔主が駆け寄ってきました。


 「うわああぁぁぁ!助けてぇぇぇ!!」


 どこか聞き覚えのある悲鳴をあげながら、優二君が魔主に追われて、こちらにやってきます。私は、魔核を見つけるために目を凝らして、四角形が折り重なってできたその不思議な犬の全身を観察します。


 「あ、あった!」


 確かに、”それ”は明らかに核だと分かる存在感がありました。魔主を形作る四角形の中に、右耳のところにひとつだけその色が赤いモノがあります。他の四角形は全部黒ですから、その赤い四角形がこの魔主の魔核で間違いないでしょう。


 「み、見つけましたかぁぁぁ!じゃあ、早く倒してくださぁぁぁい!」


 優二君は、なおも魔主に追いかけられながら、草原を走り回っています。私はコントローラーを両手で構えます。詳しい操作方法は分かりませんが、だいたいどのゲームも基本的な操作は同じですから、勘でもイケるはずです。魔主の右脚が自らの魔核を壊す動きをするように、スティックやボタンを操作してみます。


 すると、次の瞬間、魔主の右脚が自らの右耳にある魔核を叩きつけ、破壊……することはありませんでした。代わりに、「痛ってえええ!」という優二君の叫び声が草原に放たれただけでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る