6・The Wind and Hands Through Your Heart

 「うわああぁぁぁ!助けてぇぇぇ!!」


 少年はそう声もからがらに叫びながら、私たちの方へ走ってきます。


 しかし、少年を追いかけている犬はどこか変です。普通の犬ではないのです。それは、正方形や長方形が集まって、「犬のような形」を成しているものでした。その四角形には面もなく、その黒いふちだけがガチャガチャと動いて、少年を追っかけています。なんとも奇妙な光景ですが、夢の中なので仕方がありません。


 「おーい、こっちこっち!」


 晴音がぴょんぴょんと飛び跳ねて手を上げながら少年を呼び込みます。


 「え、晴音!?このままだとあの犬も引き連れてきちゃうよ!どうするの?」


 「うーん。考えてない!」


 「ええ!?」


 晴音が(とりあえず)呼び寄せた少年と四角の犬はそうしている間にも私たちの方へグングン近づいてきています。


 「じゃあ、とにかくあの窪地になっているところに隠れよう!少年も一緒に!」


 私はそう叫ぶと、晴音の腕をつかみ、もうすぐそこまできていた少年とともにすこし窪みになっているところに隠れました。あたり一帯は草原なので、隠れられそうな物陰は全くありません。この窪地が唯一の頼みの綱です。


 私たち3人が窪地に入って身をかがめていると、少年を追いかけていた四角の犬は私たちの上をスルーして、そのままどこかへ走り去っていきました。なんとか直面の危機は脱したようです。


 「ふう、良かったぁ。晴音、あと君も、ケガは無い?大丈夫?」


 「ええ、大丈夫よ。」


 晴音はワンピースの裾を手で払いながらそう答えます。


 「あ、ありがとうございますお姉さん!僕は優二ゆうじって言います。ホントにありがとうございます!」


 「良かった。ふたりとも無事だったのね。それにしても、あのヘンテコな犬は何だったのかしら。」


 「ほんとに何だったんですかね?……っていうか、お姉さんたちは誰ですか?ここはどこ?夢ですか?」


 優二君は息を切らしながら、慌ただしくあたりをキョロキョロと見まわします。それはそうでしょう。私だって、自分の夢に見ず知らずのお姉さんと少女が出てきたら、それは混乱します。


 「私は夢の管理人、そしてこの雨音が夢のお医者さんよ。今はまだ見習いっていうところだけどね。」


 私が答える前に、晴音がそう言い張りました。星形のスパンコールをまぶしたような煌めやかな柄のワンピースは、なおも心地よい風に揺られています。それから、晴音が優二君に私たちがどういう存在か、ここは夢のなかであること、そして私たちがこの悪夢を治しにきたことを伝えました。


 「な、なるほど……ちょっと信じがたいっていうか……でも、この悪夢を治してくれるなら、お姉さんたちを信じるよ!」


 優二君は小学生らしく、元気よくそう言い切ってくれました。


 「で、どうやって治すの?」


 優二君が私に曇りのない瞳を向けてきます。


 「え、な、治し方?あ……私まだちょっと分からないと言うか……晴音ちゃん?ど、どうやって治すの?」


 思い返せば、私は晴音に急に連れてこられたので、まだ何も「夢のお医者さん」としての仕事の方法については何も聞いていませんでした。私は助け舟を求めて、視線を晴音に向けます。


 「悪夢を治す方法はふたつあるわ。ひとつはそもそも悪夢を見ないように、寝る寸前とかにゲームとかスマホとか見ないこと。でも、これは根本的なお話だから、今回の私たちには関係ないわ。夢の中に入って来た私たちがこれからするのは、悪夢の原因を破壊することよ。」


 「悪夢の原因の破壊?」


 晴音が説明を始めてくれました。私は聞き返します。


 「そうよ。どんな悪夢にも、その悪夢の主である魔主マノシュがいるわ。で、その魔主マノシュの唯一の弱点の魔核マカクを破壊することで魔主を倒して、悪夢を終わらせるの。」


 晴音は人差し指をぴょこんと立てて私たちに説明を続けます。


 「で、その魔核を攻撃するには、ただ攻撃すればいいっていうわけじゃないの。雨音が、その武器を作りださなきゃいけない。」


 「え、私が武器を?」


 「まのしゅ」とか「まかく」とか、まったく聞きなれていない単語が出てきた挙句、私が武器を生成しなくちゃいけないみたいです。あれでしょうか。また「イメージが大事!」とかいうやつでしょうか。


 「そうよ。魔核を壊せる武器は、夢を見ている本人、つまり今回だと優二君の心に応じて作られて、その武器を介してでなきゃ魔核は壊せないの。」


 「ぼ、僕の心?」


 「そうよ。君の心に『夢の国』が入りこんで、それで悪夢を見てる。だから、その悪夢の原因である魔主を倒すことができるかどうかは、君の心次第なのよ。それで、雨音が君の心をくみ取ってそれを武器にして、魔主を代わりに倒すの。」


 「なるほど……。」


 私と優二君は窪みの中でかがみながら晴音の話を聞いています。なんとか、これから私がやらなくちゃいけないことが見えてきた気がします。晴音は堂々と立ったまま、草原と同じライトグリーンのワンピースを風に揺蕩たゆたわせています。


 「で、今回の魔主はおそらくさっきのヘンテコな犬で確定ね。まあ、多分君が飼っている犬にゲームの四角い枠が組み合わさった結果かしら。それでアレに追いかけられていたのは、ゲーム内でモンスターを追っていたから、それが影響しているのね。」


 「そ、そうなの?そんな感じで夢の内容って決まるのね……私知らなかった。」


 「そうよ。夢っていうのは、脳内に流れ込んだ『夢の国』と現実世界が混ざって、夢になるのよ。だから、現実での体験は、夢に大きな影響を持つの。」


「そ、そうなんだ……。よし、じゃあ早くあの魔主を倒しましょう!」


 私も優二君も立ち上がって、グッと握った拳に力を込めます。


 「よし、じゃあ説明はこの辺にして、あの魔主を倒しに行きましょう。優二君はまたあの四角い犬を呼び寄せて。晴音はそのうちに、優二君の心から武器を造るわよ!」


 「わ、分かったわ。でも、どうやってその武器を造るの?」


 晴音はぴょこんと真上に立てていた指を私にビシッと向け、くっと目を見開いて、こう言いました。


「それなら簡単よ!優二君の胸に腕を突っ込むの!」

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