14・Cease-story

 「それにしても、さっきのアレは、なんだったんですかね……。晴音さん、あれが魔主まのしゅってやつですか?」


 「うーん……。ちょっと分からないんですけど、もしかしたらそうかも知れません……。でも、だいたいの魔主は明らかにボスっぽいというか、分かりやすい感じなんです。さっきのは確かに恐ろしかったけど、なんだかボスとは違うような……。」


 「なるほど……。たしかに、今まですっかり忘れていましたけど、あのコビトカエルも魔主っぽいと言われればそうも取れますもんね。この悪夢から醒めるには魔主を倒すか、もしくはあのコビトカエルの言うことに従ってこの館の屋上に出るか……っていうところですか。」


 「そうですね。今のところ何が魔主なのかハッキリしないので、とにかく頑張って屋上を目指しましょうか。」


 「そうですね。」


 そんな会話をしていた時です。コトコトという歯車の音が止まり、エレベーターが停止します。どうやら、80階についたようです。


 目線を格子の扉の外にやります。すると、そこは……空、でしょうか。足元には白いモヤが広がり、頭上には青空が広がっています。どうして室内なのに空が?それとも屋上が80階だった?そんなことを私が考えている間に、格子の扉がキュルキュルと戸袋に退場していきます。


 エレベーターから一歩でも踏み出せば、もうそこは天空です。上空です。足元に雲がたなびく、青空がそこにはあります。


 「な、なんなんでしょう。これは……ここは室内……ですよね、紀久君」


 空を見下げて、そう聞きます。分かっていることですが、確認をせずにはいられません。


 「ええ、そうですね。でも、あれを見てください。ほら、見覚えのあるがあそこに」


 「え?見覚えの……?あ!」


 紀久君に指さされたその先、空の遠く、その途中に視線を集中させます。


 すると、そこには、あのコビトカエルがいました。空にふわふわと浮いてでいます。浮かんでいるというか……海に浮かび揺られる船のように、不安定なものの上になんとか立っているような様子です。


 不思議に思ってコビトカエルの足元を見ると、何かキラリと光るものが見えます。その光は、どうやら手前の方にまで伸びています。その光をよーく注意しながら視線をスライドさせると、ずっと手前まで伸びてきています。そのまま伸びて伸びて、エレベーターの出口、つまり私たちのすぐ足元まで伸びていました。


 紀久君も、どうやら同時に気付いた様子です。


 「雨音さん。これは……なにか糸ですかね?糸が伸びて、あのカエルの足元まで伸びてる、そんなように見えます」


 「そうね。私も今見えたわ。でも、これはどうすればいいのかしら?この糸を手繰ってあのカエルを引き寄せるとか?」


 「いや、でも手繰れるような感じじゃないですし……」


 私と紀久君が少々足元の空に恐怖感を感じながらそんな会話をしている時です。


 「オーい!早クハヤく!ここマでおいデよ!そコに道があるだろ!?早く!」


 コビトカエルが、遠くから叫ぶ声が聞こえました。流暢なさっきの喋りとは打って変わって、またもや変な響きの声です。


 「み、道?道ってこの細い糸みたいなやつのこと?この上を歩くの?」


 信じられません。大空の上のテグス。その上を命綱無しで歩くなんて、曲芸師でもまずやらないでしょう。いくら夢の中とは言え、怖すぎます。


 「そのようですね。まあ、行くしかないでしょう。夢の中ですし、あのカエルが呼んでいますし、どちらにせよここにいては何も進まないですから。」


 紀久君は、流石と言うべきか、落ち着てそう言いました。顔の端は高所の恐怖感に引きずられているように見えますが、それでもこの状況であの糸の上を行こうと言い出すのはなかなかの度胸です。


 「え、ええ……ホントに行くんですか……。う~。」


 「じゃあ、まずは僕から行きます。僕が大丈夫そうだったら、後から雨音さんも来てください。もしダメだったら……雨音さんは僕の夢から出て、そのまま帰って下さい。僕は、ひとりでこの悪夢をなんとかしますから。そもそも、これは僕の夢ですし。」


 なんて聡明で勇敢な男子でしょうか。私は、優しく生真面目な後輩の彼に、男を見た気がします。


 でも、私も後れを取るわけにはいきません。今日は私の『夢のお医者さん』として初のひとり出勤。私は私の仕事として、行かなくてはいきません。この大空に。


 「いや、私も行きますよ。だって、私は『夢のお医者さん』ですから。」


 「そうですか……雨音さんは、勇敢な方ですね。」


 紀久君は、ぜひ鏡を見て言ってほしいセリフを言い、糸の方に振り向きます。じっと糸を見つめ、ゆっくりとエレベーターの端へとにじり寄ります。


 私は紀久君のすぐ後ろに続きます。


 彼の上下する肩、膨らむ肺の動き、そして呼吸音が生々しく伝わってきます。その音を聞き、私の鼓動の音がそれ以上に大きいことに気が付き、少し情けなくなります。でも、覚悟は決めています。行くしかありません。


 紀久君が、ゆっくりと足を踏み出しました。糸に乗せた足にゆっくりと、ゆっくりと体重を乗せて行きます。そして、糸が沈み込みきるとエレベーターに残した最後の安全、最後の心残りの逆足の加重を抜き、もう一歩を踏み出します。


 そうして、ナメクジにも劣るスピードで、紀久君、そして私は糸の上に踏み出しました。ゆっくりと、ゆっくりと、慎重に輪をかけて進んでいきます。




 でも、事はそう上手く行くものでもありませんね。


 そして、私はやはり「デキる人間」ではありませんでした。


 ゆっくりと歩を進めるなか、少しバランスを崩してしまいました。それ自体は何事も無かったのですが、バランスを崩したこと自体に焦ってしまい、完全にバランスを崩してしまいました。


 「あ!あ!あああああああ!」


 そうなるともう早いものです。視界は一瞬にして上下反転し、空が頭上に来ます。そして、こちらに手を伸ばそうとする紀久君があっという間に小さくなっていきます。


 自由落下の夢。空気が顔面を叩き続け、手足が空に引っ張られて、臓器が体の中で浮き上がる感覚。


 気持ち悪い。これ、私自身も見たことある。


 悪夢だ——。






 長い間、意識を失っていた気がします。でも一瞬だった気もします。


 気が付くと、私は息を切らして、紀久君の部屋にいました。夢の中の話ではありません。だって、目の前に晴音がいます。


 ここは……、夢の国の中。夢の国の中の、紀久君の部屋です。




*****



書いたのはここまでです!

流石に手を付けてから2年も経ってしまって、もう(書いてもいないのに)飽きてしまいました。

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夢診る雨音は夢を乞う 沖田一 @okita_ga_okita

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