5・Just Chose, Just be Like You
「理想?自分?どういうことですかね?」
紀久君が問い返します。
コビトカエルは、手を広げ、やれやれといった様子で、説明を始めました。
「さっきも言った通り、ここは『巣立ち』の階。君が巣立つとき……つまりは……まあ、それは君の人生において何かしらの巣立ちを指すけれど、その時に、君は自分が理想的であることを望む?それとも理想でなくていいから、普通であることを望む?それとも、何も気にせず、自分が自分であることを第一に置く?そういうことさ。」
コビトカエルが、急に流暢に話し始めたので、少し動揺しましたが、紀久君はなおも質問を続けます。
「それで、その質問には答えなくてはいけないんですか?答える意味は?そもそも、あなたは何なんですか?」
「答える意味?そんなの大アリさ!この質問に答えなければ、このエレベーターホールのエレベーターは動かない。他の階に、そして屋上に出て脱出するためには、君は答えざるを得ないってことさ。それと、僕は君の夢そのものだから、僕が何者かっていう話は建設的じゃない。」
わけのわからない状況が続いていますが、エレベーターが動かない以上、質問には答えなくてはならないでしょう。
紀久君も私も少しだんまりになった後、紀久君は私に小声で話しかけてきました。
「あの……雨音さん。あのカエルが、
夢のお医者さんとして何度かの夢を経験してきた私ですが、この夢はあまりに世界観が独特すぎて、すっかり私本来の役割を忘れていました。
「そ、そ、そうね。とりあえず、武器を出してみましょう。やり方は……説明してあったわよね。」
「はい。じゃあ、すぐにお願いします。」
コビトカエルは、私たちがコソコソ話をしている様子を首をかしげて眺めています。微妙に上がった口角と、焦点が掴みにくい瞳が不気味です。
私は紀久君の後ろに回り、
「じゃあ、いくわよ。」
と合図をします。紀久君がこくっと頷くのを確認してから、腕をゆっくり背中に入れていきます。
そして、紀久君の胸から出てきた武器は――
「これは……ボタン?選択機?」
紀久君が呟きました。
紀久君の背中から出てきた武器は、黒い直方体の箱に3つのボタンがついた、ラジコンのリモコンのような、ゲームのコントローラーのような、それにしてはスティックは無い、そういったものでした。
その武器は明らかに攻撃力、敵に対する殺傷能力がありません。これを使って、あのコビトカエルをどう倒せをいうのでしょうか。
私たちがその武器を見つめて考え込んでいると、コビトカエルが
「おお!ちょうど良かった!その選択機を使って、さっきの答えを教えてくれよ!ボタンの近くに数字があるだろ?1は理想第一、2は普通第一、3は自分第一さ。さあ、君の答えは?」
と意気揚々と言ってきました。
こんなわけの分からない夢の、わけの分からない問いです。真面目に答える必要は無い、と言い切ってしまっていいところです。本来は、です。
しかし、このコビトカエルの不気味さといい、エレベーターホールという閉塞的な空間に閉じ込められている状況といい、それらが、この問いにいい加減に答えてはいけないという謎の圧迫感を、強く滲ませていました。
「の、紀久君。紀久君の答えは……どうなの?」
ずっと黙り込んでいる紀久君に申し訳ないと思いつつも、答えをせかしてしまいました。
「僕は……僕は、自分らしさを保ちたいですよ。何があっても。それがある意味では理想です。でも、多分、僕は、僕だけじゃなく、どこまでも自分を貫いたら、誰でもそれは普通ではなくなってしまう。自分が異端となった立場で、それでも自分を貫く強さが自分にあるのか、僕はそれがわかりません。そういった意味では、異端となっても、孤独になっても自分らしさを保てるのが、一番の理想かもしれません。」
紀久君は、細い声で、つらつらと心の内を話してくれました。
紀久君の言うことは、身に染みて共感できます。自分らしさと周りとの協調性、このおおかた相反する自己定義のなかで、多くの青少年はどこか悩んでいるはずです。
「でも、あのカエルは、『巣立ち』の時に、何が大事かを聞いてきました。別に、巣立った後の話は聞いていないんです。」
紀久君は、選択機を持つ手の力を強めます。
「『巣立ち』の時から、普通であったり、理想であったりを望んでいては、それはどうしても自分ではありません。旅立ちの時くらい、自分が自分らしいことを一番大事にするべきです。その後どういう道をたどろうと、それまでに自分を大切にした道を歩んできていないと、よりより選択ができない気がします。その時の選択も含めて自分らしくありたいなら、僕は……僕は、『巣立ち』の時に自分が自分らしいことを望みます。」
「素晴らしい!!」
紀久君が答えを出すと同時に、コビトカエルがそう叫びました。三枝に分かれた手をぺチぺチと鳴らしながら、口角をより上げて、瞳を細めています。
「それでは、決断のボタンをどうぞ!」
コビトカエルがそう言うと、紀久君は力強く頷き、3のボタンをめいいっぱい押し込みました。
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