思い出の夢
10・It Is /not/ Happy Mistake
みなさん、こんにちは。「夢のお医者さん」こと佐藤
その日は梅雨も明け、初夏がその牙を磨き始めた頃。それでもまだ夕立の後には涼し気な風が濡れた青葉を揺らす季節でした。夜、私はもう寝ようと寝室のエアコンの電源(除湿)を入れ、薄いタオルケットをおなかにだけかけて目を閉じようとしました。
すると前回と同じようにいきなり晴音が現れ、私を夢の国へ、そして今日の患者さんのもとへ連れていきました。その患者さんの家は私の家の最寄り駅から急行列車で30分ほどかかる小さな町の、その中心のはずれにある小さなアパートの一室でした。
患者さんのお部屋は一階にあって、そのお庭にはガーデニングで使う植木鉢やポットがたくさん置いてありました。小柄な赤土色のレンガでお庭の隅を区切って作られた控えめな花壇もありました。しかし、そのどれもが季節柄のせいか手入れされておらず、散乱していて、お花も枯れて茶色くなったものがそのまま頭を垂れて突っ立っていました。
玄関から(すり抜けて)室内に入り廊下を抜けると、そこはリビングでした。そこではこの家のお父さんらしき人が寝ていて、その奥にももう一部屋ありました。その部屋に入ると、今日の患者さんらしき中学生ほどの女の子が布団の中で寝ていました。
「よし、着いたわね。じゃあさっそく夢の中にはいりましょ。雨音、私が前回やったみたいに、夢の中に入ってみて。」
「え、えっと、こんな感じ?」
私は見よう見まねで、前回晴音がやったようにして夢の中に入るための渦を作ってみます。なんと言ってもここは夢の国。全てはイメージなのです(多分)。
「そうよ。そんな感じ。いい感じよ!じゃあ飛び込みましょ!」
「う、うん!」
私と晴音は、私が初めて作った患者さんの夢へと続く渦へと飛び込みました。相変わらず目の回る渦です。私がトイレットペーパーになってトイレに流されたらこういう感じなのでしょう。
「ふう、出たわね。ここが今日の夢の中ね。」
「あ、あれ?ここ患者さんのお家のお庭だよね?夢の中じゃない……?夢の中に入るの失敗しちゃった?」
私たちが渦から吐き出され辿り着いたのは、患者さんの家のアパートの庭でした。前回のような、明らかな夢の中というような光景ではありません。たしかにさっきと違って昼間になっていますし、お庭の花々もその花弁を張り裂けんばかりに誇っていますが、周りの景色は完全にさきほどと同じです。
「いや、夢の中よ。ほら、物を覆ってる透明な膜がないでしょ。だから多分ここはちゃんと夢の中だと思うわ。」
「確かにそうね。じゃあここはお家のお庭に見えるけど、あの患者さんがこういう夢を見てるってことなのね。」
「そうよ。じゃあさっそく夢の中にいる患者さんに会いに行きましょ。」
悪夢の治療は、夢の中にいる患者さん本人と会わないことには始まりません。
私たちは庭から鍵の開いた窓を開けて室内に入りました。入った庭に面したお部屋が患者さんのお部屋のようでした。しかし、先ほど夢の中に入る前にそこに寝ていた女の子はいません。
「あ、あれ?さっきはここに寝てたのに……あの女の子、どこいっちゃったのかしら?」
「リビングの方かしら。」
晴音はパンダやらキリンやらのアップリケが付されたワンピースをなびかせて、家の中をスタスタ進みます。夢の中とはいえ、私は他の人の家をうろうろするのはちょっと気が引けます。勝手にリビングへと続くドアへ向かう晴音の後ろを、無意識に少しばかり身を縮めてついていきます。
晴音が少しばかり開けたドアの隙間から、リビングを覗き込むと、そこには今日の患者さんであろう女の子、先ほどリビングで寝ていたそのお父さん、そしてさっきは見かけなかったお母さんらしき人が机を囲んでお昼ごはんを食べていました。
その光景は、家族の幸せを3Dプリンターで三次元に現像したような、見ているだけで頬が緩む光景そのものでした。これのどこが悪夢なのでしょうか。全くをもって幸福な夢です。晴音が今日の患者さんを取り違えてしまったのでしょうか。
「は、晴音ちゃん?これ、悪夢……なの?」
「え、そ、そうよ。そのはずだけど……。とにかく、あの女の子に話を聞いてみましょ。」
幸せそうに食卓を囲んでいる3人の間には割り込みずらかったので、食事が終わって女の子が部屋に戻ってくるのを待つことにしました。
それから数十分が経って、女の子が部屋に入ってきました。もちろん、彼女は私たちを見て驚きたじろぎましたが、そこは前回同様私と晴音から諸々の説明をして、なんとかお話をさせてもらえるようになりました。
「そうなのね……。でもお姉さんたち、私は特に悪夢は見てないんだけど……。」
女の子は目を瞑り、首をかしげながらそう呟きます。
「そうよね……。これ、特にうなされたり逃げ出したくなったりする夢じゃないものね。
「ないです、多分。」
やけにハッキリ言い切られてしまいました。
「ですよね~。どうしよう晴音ちゃん。これ。」
私は壁際にちょこんと座り込んだ、白浜のビーチを切り取ったような柄のワンピースの裾をいじっている晴音の方を振り返り見ます。
「そうねぇ。じゃあ一回、夢から出ちゃいますか。」
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