11・True Altar, Hello Mom

 再びトイレットペーパーとなって渦から出てきた私たちは、涼葉すずはさんの寝ている布団の横へと吐き出されました。


 「ふう、帰って来たわね。それにしても、確かに今夜の患者さんの反応は涼葉さんからあったのだけれど、どうして悪夢を見てないのかしら?」


 「そうね……とりあえず、もう少しこの家の中を観察してみましょう。何か分かることがあるかも知れないし……。」


 「ええ、そうね。それにしても……。うーん。」


 私は未だに自分の検知が外れたことに思考を捕らわれている晴音を横目に、まずは庭の方へ向かいました。この涼葉さんの寝ている部屋は大きな窓でお庭に面していて、部屋の中からでもお庭の様子が良く見えます。


 外に目をやると、やはりお庭に花は咲いていませんでした。ポットやレンガは放置され廃れ、逆にここに花が咲いていたらそれはそれは不気味な感じです。


 例えるなら、廃洋館になぜか身なりの整ったメイドさんがいて、控えめな笑顔で深々と頭を垂れて迎え入れてくれる感じでしょうか。それだとだいぶ不気味ですよね。でも、涼葉さんの夢の中では花は綺麗に咲き乱れていましたから、彼女はお花好きということでしょうか?


 「ねえ雨音、ちょっとこっち来て。」


 いつの間にかリビングの方へ向かっていた晴音の声が聞こえます。私は透明な膜に覆われたフローリングの上を歩き、リビングに出ました。


 「何?晴音ちゃん。何か手がかりあったの?」


 「ええ、手がかり、と言うより……もうこれが正体ね。」


 晴音がそう言い放ち、指さした先にあったものは、そう、それは仏壇でした。そこに掛けられている遺影は、額と目じりにシワを深く刻んだ老人のものではなく、まだ40代、もしやすると30代やもしれぬという若さの女性でした。


 そして、私はその遺影を見て直感的にあることを察しました。どこか、見覚えと言うには確信に足らない、記憶にかするような感覚です。しかし、遺影の女性の細くも優しさの残る目頭。それは涼葉さんそっくりです。


 「は、晴音ちゃん……これって――」


 「ええ、涼葉さんのお母さん、ね。多分。今この『夢の世界』の状態でこの仏壇があって、涼葉さんの夢の中では生きているお母さんがいる。”悪夢”っていうのは、そういうことだったのね。」


 私と晴音は今夜の患者さんの悪夢が想像以上に”悪夢”であったことをこの時に知りました。晴音は軽く唇を噛んで、星の舞う夜空にコスモスの花弁が散るワンピースの裾をグッと握っています。


 その晴音を見つめながら、私はもうひとつのことを感じ取っていました。それは虫の知らせといいますか、第六感といいますか、何の根拠もないのにそうとしか思えない、絶望的な事実を確信していました。


 「ねえ、晴音ちゃん。今回の涼葉さんの悪夢の魔主まのしゅって、さ、その……え、えっと……。」


 そうです。私はそうと確信したことですが、それを口にすることは気持ちがそれを阻みます。


 「分かってるわ雨音。そう、そうであってほしくはないけど、ほぼ100%そうでしょうね。今回の悪夢の魔主は、お母さんよ。」

 

 分かっていたことですが、いざ音としてその事実を脳で受け取ると、心に泥が垂れ込みます。前回の優二君の時もそうでしたが、基本魔主は夢の中にしか存在しないものです。今回、あんなにも現実世界と酷似した夢で、唯一現実世界と異なって存在していたもの、それはお母さんしかいないのです。


 「そ、うよね……。どうしましょう、これから。どうしたらこの”悪夢”を醒ませられるかしら。」


 私は、まださざ波立つ心で晴音に問います。


 「とにかく、ここまで本人の心との関係性や重要度が高い夢は、夢の中で本人と対話して解決の糸口を探るしかないわ。今すぐに涼葉さんの夢の中に戻りましょう。」


 「そ、そうよね。とにかく涼葉さんにお話しを聞いて、それで、それからいろいろ考えましょう……。」


 それから私はすぐに夢へと繋がる渦を開き、三度みたびその激流に飲み込まれていきました。


 私たちが夢の中に到着すると、涼葉さんは先ほどの自室で、勉強しているところでした。夢の中でも勉強とは、なんと真面目なことでしょう。この時期ですから、1学期の期末試験が近いのでしょうか?それにしても現実世界となんの遜色もない夢です。


 「あら、お姉さんたち、『夢の国』ってところに帰っちゃったと思ったら、また来たの?」


 またもや夢の中に戻ってきた私たちに、勉強の手を止めた涼葉さんが声をかけてくれました。


 「ええ、ちょっと気になることが出来ちゃってね。その、ちょっと聞きずらいんだけど、涼葉さんのお母さんって今はどうしてるのかなって。どうしてるっていうか、何というか……。」


 「え?お母さん?今は多分夕ご飯のお買い物に行ってると思うけど……。」


 「あ、そ、そうじゃなくてね、今ここじゃなくて、っていうか、実際は、っていうか……。」


 私が言葉に詰まる様子を見て、涼葉さんの瞳が刹那に揺れました。しかし、その揺れが止まると同時に、何か今さっきとは明確に異なった意思を宿した瞳で、こうハッキリと言い切りました。


 「お母さんは、お母さんは生きてるよ。さっきも居たでしょ。」


 その返答を聞いて、私と木目調の柄のワンピースに身を包む晴音は顔を見合いました。「生きている」と断言した涼葉さん。私と晴音は、この夢が先ほど感じたよりも数倍”悪夢”であることを確信したのです。


 

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