不倫の記憶を失くし、愛する妻に戻った友里
「ごめんなさい。今日は朝から、モヤがかかったみたいに頭が重くて……時間に気が付くのが遅くて起こせなかったの……」
「あ、いや、起こさなかったのは何の問題もないんだけど……今日は土曜日だし、会社も休みだって昨日話したけど……」
俺は友里の様子に違和感を覚えた。
「えっ? そうだっけ……今日は土曜日……そう言えば今日は何月の何日だろう? あれ? 私どうしちゃったんだろう……それに不思議な事があって……私の髪が短くなっているの……」
「ええっ?」
違和感どころの話じゃない。完全に友里の様子は変だった。大袈裟な程不安そうな友里を見て、俺はその理由に気付いた。
「今日は六月八日だけど、何年かは分かる?」
「六月八日……もうすぐ結婚記念日だね……」
そう言われて初めて気付いた。六月二十八日が二人の結婚記念日なのだ。
「今年は二千十六年……もうすぐ二年目の記念日よね」
やはり三年前か……。
俺の予感が的中した。友里は三年間の記憶が消えているのだ。
「髪が短くなった事は心配しなくて良い。あと、頭が重い以外に、体に異常を感じないか?」
「それはないけど……私、何か変なの?」
「……ちょっとショックかも知れないけど、落ち着いて聞いて欲しいんだ」
「うん……」
俺は立ち上がって、優しく友里の肩に手を置いた。
俺は浮気された事も忘れて、友里の事を心から心配した。改めて俺は友里の事を愛しているのだと実感した。
「これを見て。今は二千十九年なんだ」
俺はすぐ横の壁に貼ってあったカレンダーの西暦表示を指さした。
「本当だ……どうして……」
「友里はサプリメントの副作用の被害に遭ったんだ」
俺は友里に「スキンクリア」の事を説明した。
「裕君、私はどうなってしまうの?」
裕君か。久しぶりに聞く俺の呼び名だ。やはり三年前の友里だ。
「大丈夫。俺が付いているから」
俺は浮気の事実を黙っている事に決めた。
その後、俺は製薬会社のホームページで対処法を調べた。治療方法は現在調査中でまだ分かっていない。被害者として登録されれば情報や治療を受けられるが、製薬会社が指定する最寄りの病院で診断してもらう必要があった。
土曜日だが、特別に午後でも開いていて、俺達は使用中のサプリメントとレシートを持って診察を受けた。病院側も認定方法が確立されていないのか、特に診断する訳では無く、問診のみで判断していた。
「今の段階では仮認定ですから、この診断結果が即何らかの補償に繋がる事はありません。対処方法や賠償等につきましては後日、製薬会社から発表があります」
病院で被害者対応している製薬会社の社員からそう念押しの説明をされて、書類に確認のサインまでさせられた。まあ、賠償金詐欺の可能性は考えられるので当然の対処かも知れない。
とりあえず登録されれば、情報はすぐに受け取れるので、お金よりそちらの方が有り難かった。
「裕君が居てくれて良かった」
病院から帰ると玄関で友里が後ろから抱きついてきた。だが、俺は固まったまま動けず、振り向いて抱き返す事が出来ない。
俺は友里が診察を受けている間にずっと考えていた。もし、このまま友里の記憶が戻らなかったとしたらどうするべきかと。
今の友里は昔に戻っている。
不安そうに俺を頼る仕草も、大丈夫と強がって笑う顔も、俺が愛した友里そのままだった。このまま記憶が戻らず、俺が何も話さなければ、元のように仲の良い夫婦に戻れるんじゃないか?
だが、友里は他の男に抱かれたのだ。この華奢な体も整った顔も他の男に弄ばれたのだ。そう思うと、昔の友里に戻った事が余計に悔しい。嫉妬の炎が心の中から消せやしない。
しっかり話し合いが済んでいなかった事が悔やまれる。
浮気した友里の本当の気持ちが分からない。分かっているのは俺と別れるつもりだった事だけだ。もう俺に対する愛情は無くなっていたんじゃないか。それを隠して夫婦生活を続けても良いのか?
「あー家に帰ってきたらお腹が空いたな」
「じゃあ、すぐに晩御飯の用意するわね」
俺が話を逸らした事に気付かなかったのか、友里は笑顔でそう言ってキッチンに向かう。結局、俺は友里の気持ちを受け止められず、誤魔化す事しか出来なかった。
食事中に友里から三年間の事を聞かれたが、詳細は濁して曖昧に答えた。
離婚の危機にあった事など絶対に感じさせないように、以前と変わらず夫婦円満だったと言って安心させた。
「そう言えば私のスマホが見当たらないんだけど知らないかな?」
「えっ、さあ、知らないな」
友里のスマホは浮気の証拠と、相手へ連絡させない為に俺が預かっている。
証拠はもう俺のスマホに転送しているので、全て消去してから返そう。スマホで思い出したが、浮気相手は友里の会社の同僚なので話が漏れる可能性がある。友里に何も話さぬように釘を刺しておかなければいけない。
俺は浮気相手の津川浩司(つがわこうじ)と会う事にした。
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