津川浩司
愛佳の行方
「終わった! こんなに早く終わるとは思って無かったわ。津川君のお陰ね」
午後九時前、友里さんは修正された書類を印刷し、課長の机に置いて嬉しそうな声を上げた。
「僕もこんなに早く終わるとは思っていませんでした。さすが、友里さんです」
「またまた、謙遜して。ほとんど津川君がやってくれたじゃないの。ホント、こんな優秀な後輩が居てくれた助かったわ」
友里さんに褒められると、本当に誇らしい気持ちになる。課長に逆らってでも、友里さんを手伝って本当に良かった。
「ん?」
マナーモードにしていた、スマホが振動する。義人からの電話だ。
「友達から電話が入って」
「どうぞ、もう誰も残っていないし、出れば良いよ」
普通の連絡はラインで取り合っているので、電話は珍しい。急な用事かも知れない。義人からという事は、愛佳に何かあったのだろうか?
「もしもし、何の用?」
(ああ、浩司、落ち着いて聞いてくれよ。愛佳が出て行ったんだ)
「えっ? 出て行ったって、うちに戻って来るのか?」
(違うよ、何言ってんだ! この世界から消えますって書置き残して出て行ったんだよ! もしかしたら、自殺でもするんじゃないかと思って)
「自殺!?」
僕は隣に友里さんが居るのも忘れ、大きな声を上げた。
(俺は既読にもならないし、電話にも出ないし、愛佳に連絡が取れないんだ。瑠美にも頼んだけど、同じなんだ。お前から連絡してみてくれよ)
「なんで、すぐ俺に連絡しないんだよ!」
(すまん、だけど今は言い争いしている場合じゃない。すぐに連絡とってみてくれ)
もっと怒鳴り散らしたい気持ちだったが、確かにそんな場合じゃない。僕は返事もせずに電話を切って、愛佳に電話する。
……十回呼び出しのコール音がしたが、愛佳は出ない。電話を切って、ライン画面を開く。
その時、心配そうな表情を浮かべて横に居る、友里さんが視線に入る。
「あ、あの……」
「大丈夫、私に構わないでどうぞ」
と友里さんが手の平を差し出して、僕を促す。
(愛佳、今どこに居るの? 電話に出て)
既読が付くのを、祈るような気持ちで待つ。
「妻が、友達の家から出て行って行方が分からないんです。どうも、自殺をほのめかす書置きしているみたいで……」
「そんな……」
その瞬間、コメントに既読が付いた。良かった! まだ無事だったんだ。
「既読が付きました」
僕は一言そう言うと、すぐにまた、愛佳に電話を掛ける。
呼び出し音が鳴り続けるが、愛佳は出ない。十回を超えたが、今度は出るまで切らない。スマホの電源を切っていないという事は、愛佳も迷っている筈だ。
(もしもし)
もう何十回呼び出し音を鳴らしたか分からなくなった頃、ようやく愛佳が電話に出てくれた。
「愛佳、無事なのか?」
(浩司君……)
声は弱弱しいが、苦しそうではない。
「今どこに居るの? すぐに行くから早まらないで」
(ごめんね、浩司君……)
「謝らなくても良いから。すぐに迎えに行く、場所を教えて」
(私、義人君に愛されていると思ってた……瑠美ちゃんが一番だろうけど、その次には愛されていると思ってたの……)
「うん……うん」
(でもね、違ってた。義人君、私を愛してなんか無かったの……私と付き合ってたのは、浩司君への当て付けなんだって……浩司君が私を好きだから、当て付ける為に付き合ってたんだって……)
「なっ……」
怒りで目がくらみそうになる。なぜ義人が僕に対して当て付けるような事をするのか? それほど僕を憎んでいたのか? 憎んでいたのならそれで良い。でも、なぜそれを愛佳に言うんだ。
「義人の事は忘れろよ。僕のところに戻ってくれば良いよ」
(ごめんね……私、それは出来ないわ……)
「どうしてだよ……」
こんな状況になっても、頼って貰えない自分が情けなかった。
(だって、浩司君、私の事なんか何も分かって無いじゃない……)
「えっ……そんな事……」
(私はなんでもして欲しかった訳じゃ無い。自分を認めて欲しかっただけなのに……)
「そっ……」
僕はショックで言葉が続かなかった。
(もう良いの。ごめんね。こんな事、私が言える立場じゃないよね……)
愛佳は少し笑いを含めて、そう言う。
「とにかく、話をしよう。今居るところを教えてよ……」
愛佳からの返事はない。電話は切られていないので、迷っているのかも知れない。
「愛佳……」
(橋の上……)
愛佳がそう言った途端に、電話が切れた。くそっ、橋の上か……どこだろう。とにかく、瑠美に電話しよう。僕はすぐ瑠美に電話を掛けた。
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