織田裕樹
浩司を呼び出した裕樹
日曜の朝、俺が目覚めると、今日も友里が朝食の準備をしてくれていた。三年間の記憶を失った友里は献身的な妻に戻っている。
昨日の夜もいつも通り、お互いの寝室に分かれて寝た。言葉では言わなかったが、友里は一緒に寝たそうだった。だが、俺は気付かない振りをして自分の寝室に入って行った。記憶を失って、友里が不安な気持ちで居る事は分かっている。でもとても抱ける気持ちにはなれなかった。
「今日の午後から友達と会う事になったから、ちょっと外出するよ」
ダイニングで一緒に朝食を食べている時に、俺は友里にそう伝えた。
「そうなんだ。急な話なのね」
昨日までは何も言って無かったので、友里は少し驚いたような顔でそう言った。
「うん、昨日の夜に連絡が入ってね……」
俺は急に思いついて友里を試して見たくなった。
「そいつの奥さんが浮気したみたいなんだ。その事で相談に乗って欲しいそうだ」
「奥さんが浮気!」
友里は先程より、さらに驚いた声を上げた。
「奥さんの事を許すべきか、それとも離婚するべきか悩んでいるみたいなんだ」
三年前の時点で友里が浮気に対して肯定的だったのか? それとも俺との関係が悪くなったから浮気したのか? 俺はそれが知りたかった。
「そうなんだ……裕君は何てアドバイスするつもりなの?」
「うーん、奥さんが浮気した事情も聞いてみないとな……もし、奥さんに同情できる理由があるとしたら、友里は浮気するのも仕方ないと思う?」
「うーん……」
俺の質問に友里はしばらく無言で考えている。
「どんな理由があろうとも浮気は駄目だと思う。離婚するようにアドバイスしてあげれば良いんじゃないかな……どうせ、浮気する時点で夫への愛情は無くなっていると思うし……」
三年前の時点ではちゃんとした倫理観を持って居たと言う事か……。
「……でも……」
「でも?」
「もし妻が夫の事をまだ好きだったのなら、悲しいなって……」
友里はまるで自分の事のように悲しそうな表情を浮かべた。
「悲しいって?」
「うん、夫の事が好きなのに浮気してしまった状況が悲しいなって」
「その状況が同情できる理由って奴じゃないの?」
「あっ、そうか……でも、離婚はすれば良いと思うよ。もう夫婦関係は壊れていると思うから。でも、夫の方も、自分にも悪いところがあって、まだ妻の事を愛しているなら許してあげれば良いんじゃないかな」
「なんだよ、それじゃあケースバイケースじゃないか」
「うーん、まあ、そうなっちゃうよね。一概にこうしろとは言えないかな」
結局事情次第と言う事か。だとしたら、俺達の場合はどうなんだろう。本当は友里も離婚したいんじゃ無く、許して欲しかったのだろうか。今となっては、記憶が戻るまでは何も分からない。
「遅くならないようにはするよ」
「うん、夕飯作って待ってる」
友里はそう言って、笑顔で送り出してくれた。
午後二時半、俺は約束の三十分前に「ドリーム」に着いた。友里と待ち合わせに使った事のある喫茶店で、テーブル席も多く落ち着いて話が出来る。平日はサラリーマンが多いのだが、日曜日の今日の客はカップルなどが多い。俺は席に着かず、店内を回って津川が来ていないか確認した。
一人で来ている、それらしい年齢の男性客は居ない。どうやらまだ着いていないようだ。
俺は出入り口の良く見えるテーブル席に着いてコーヒーを飲みながら待つ事にした。
津川浩司とはどんな男なのか? 俺よりガタイが良いのか? 俺より出来る奴なのか? 俺よりイケメンなのか? 会うと決めてからそんな事ばかり考えている。もし、俺では太刀打ち出来ないような奴で劣等感を感じたらどうしよう。妻を寝取られても仕方がないと感じてしまったら、俺はもう立ち直れなくなるような気がする。
俺は身長こそ百八十センチ弱と高いという程では無いが、高校時代はラグビー部だったので体格には自信がある。余程の大男でない限り見劣りはしないだろう。
仕事の面で言えば、友里の同僚ということは俺の会社の方がランクが上だ。社内で評価されていたとしても、俺はそれより格上の会社で出世争いをしている。絶対に俺の方が上だ。
津川がイケメンなら顔に関しては負けているかも知れない。自分が不細工だとは思わないが、勝負出来る顔で無い事も確かだ。ただ、友里が顔で選んで浮気したとは考えられない。いや、浮気自体が考えられない事なので、決めつけられないかも知れんが。
浮気が発覚してから、俺はずっとこうやって見た事のない間男を想像しては落ち込んだり腹を立てたりしている。実際相手を見たらどんな気持ちになるのだろうか。
三時五分前、その男はやって来た。
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