1-2

 なにかを思い出したようにフリージアは、傍にあったコンピューターをいじり始めた。起動をはじめ、天井から無数のレーザー光が人型を作り出し、人工知能3D立体ホログラムが呼び出される。

『なにか、お困りごとデスカ? 主任マスター

JAMジャム、イプシロンから東区域百キロ範囲の3D地図立体マップを出して」

『了解シマシタ』

 巨大ホログラム装置に地形の傾斜や高さに加え、四方八方から見たときの座標軸グリッドが表示され、点在する建造物、シェルター、遺跡物、人工物が事細かにポイント表示される。

「この子はJAMといって、わたしが作り出した人工知能マッピングアドバイザーなの。ほぼ、人工衛星からの受信を基にプログラムを施したものなんだけど」

 言葉を止めると、ハリーとリンをテュモーロス山脈から右側にある青黒い点に注目させる。窪んだ地形と建造物に青黒い表示が施されていた。

「ちょっと、これを見てくれる」

 フリージアが指で差し示す。

「青黒い点。イプシロンシェルターの座標軸からで言うと『SE05060P』と記された場所は、昔【気象シェルター】って呼ばれていた場所らしいの。現在は近くにある、この……」

 近くにあるシェルターと思われる建造物に指を差す。

「『SE05050P』ローシェルターが管理しているって話だわ! ここに行けば、もしかすると気象タワーの手がかりがあるかもしれない」

 不規則な動きを繰り返す、赤点滅表示をハリーが不思議そうにみつめた。

「フリージア、この渦巻き状のものは一体なんだ?」

「巨大なブリザードの竜巻よ。五十キロ範囲を呑み込むデッドゾーンなの。何らかの要因が重なって巨大化したと考えられる。おそらく、手紙にあるブリザード地帯が」

 フリージアは、人工知能に声をかけるように言い放った。

「JAM、ブリザードハリケーンの現存データを」

『了解デゴザイマス』

 天井から放たれた特殊なレーザー光で3Dマップが、一瞬にしてブリザードハリケーンの識別色が変化し、説明が表示される。説明文には、英語で過去のエリアルートと巻き込まれたと思われる死亡人数があった。拡大されブリザードの全体構造がモニタリングされた。過去のデータからマップにブリザードハリケーンの足跡が青色表示される。南北範囲は五百メートルから二キロの範囲内を縦横無尽に通過した跡がみられた。


「ハリー」

 リンの声掛けに頷くように、ハリーは真剣な表情でルートを模索する。

 手紙に書かれていた【ブリザード地帯】にまちがいないと確信した。

「とりあえず、次の目的地が決まった。フリージア、助かったよ。ありがとう。さっそく準備をして出発しよう」

「その前に、ひとつ質問していいか?」

 手紙を返そうとリンが、

「前にお父さんからの手紙を読ませてもらった時にはわからなかったんだけど、文面からかなり『メモリーチップ』の存在が重要だったことが窺えるよな」

「ああ、もちろんタワーの所在地が一番重要だな。それがどうかしたのか?」

「ロックファイドマンがボクたちを妨害する理由がいまいちわからないんだよな」

 3Dマップを挟んでフリージアがリンに睨みをきかせてくる。

「因縁がありそうね。あのファイドマン博士は世界有数の科学者よ。独占欲が人一倍強いと聞いてるわ。ヴェルノ博士との間で何かトラブルがあったのかも知れないわね」

 フリージアの答えに首を傾げ、リンが無表情のまま唸っていた。

「だとするなら、最悪の状況はハリー、考えておいた方がいいわよ」

「最悪? とは……」

 隣にいたハリーが口を開いた。首を傾きリンに一瞥すると、すぐフリージアにも目を合わせた。

「親父のことか? つまり、親父は?」

 見透かした表情でフリージアが答えた。

「……そうね。手紙の内容から、仲間は何人か生き延びているけど。ハリーを呼び寄せるように書かれている、ということは、手紙の文面通り、ただ単に『手伝ってくれ、成長した姿を一目見たい』というだけではないはずだわ。仲間が生き残っているなら、対立が起こりえるし、他にも問題が山積しているかもしれない」

 一瞬うつむきを見せリンが、

「ボクもフリージアさんの言いたいことはよくわかる。ただ、なにかが引っかかって……」

「……?」

「ひっかかる、って?」

 訝しく首を傾けしかめた表情をする。フリージアはリンの黒目をじっとみつめていた。彼女の青い目とは、一線を越えた厳しいまぶたに、未成年の目がわずかに退くのが分かった。

「同感だ。リンの違和感にも。手紙に書かれた『人工太陽』なんてそう簡単に作れるものじゃない。それこそ夢物語もいいところさ。それに」

「たとえば、メモリーチップのこと?」

 わかっているじゃないか、と言わんばかりの言葉をフリージアは口にした。意味深な言葉にリンが浮かない顔をする。

「どうして、メモリーチップだと?」

「リンは知らないだろうから聞いて欲しいが、フリージアは貴族出身なんだ」

 ほくそ笑み、フリージアは少し俯いた。

「元よ、祖父が厳格な人だったから、科学者とも仲が良かったし、資金提供をしていたようなの」

「資金提供?」

 リンがいった。

「まさか、ロックファイドマンの研究にも?」

 腕を組んでいた彼女フリージアは、さあ、詳しいことは、と首をひねった。続けて、

「だから『メモリーチップ』には、研究機密も含まれていると考えていいの」

 フリージアの話で、ますますメモリーチップの重要性が増したことに不安を隠せなかった。

「だとすれば、親父が俺に託してきたものは」

「重要なものだった、と考えて間違いない」

 畜生、とばかりにハリーは、自分の拳を壁に打ち付けた。だが、疑問が彼の中で湧き出てきた。なぜ、サムはメモリーチップをわざわざ破壊するところを自分に見せつけたのか。彼の本当の狙いは何だったのだろう。考えれば考えるほど彼の行動が不審に思えた。

「ねえ、ハリー、【メモリーチップ】が入っていたって言うけど、チップはあくまでデータを保管するものでしょ。記憶を見るための装置は?」

「手紙には『旧世代の記憶媒体』とあったから、アルファシェルターに残っていた記憶媒体で見ようと試みたんだけど、通信衛星の都合かエラーがでて見ることができなかった。だから、わざわざ、このシェルターまできて、フリージアの記憶媒体でチップの中身をみようと考えたんだ」

「本来ならここに来る前にメモリーチップの中身を見るべきだったのよ」

 いまさら何を言うんだ、と言わんばかりにハリーは黙ったまま首を緩く動かした。つづけて質問がとんでくる。

「リュック博士の研究施設に記憶媒体を呼び出せるものはなかったの?」

 意外にもその答えに反論したのはリンであった。

「不可能だよ。あそこはリュック博士とあのアンドロイドのマイケルが、自分の都合いいように装置を作り替えている。外部の者にはセキュリティをかけていた。ボクも気になって装置を扱えるか博士自身に聞いたんだ。そうしたら、特殊な生体セキュリティを使用しているらしくって、彼らにしか反応しないようにプログラムを書き換えたらしい」

「そうなのね。あの人のことだから……」

 そうしていても不思議はないだろう、とフリージアは言いたげな表情をみせた。



                    3へつづく

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