リン編 PART1

1-7


 キャサリンとも数か月後の再会を楽しみにしつつ、リン・シライはいままで使用してきた道具のメンテナンスを、残り短い滞在期間のうちに打ち込んでいた。

 地下通路を通過する際に、五班ほどあった遠征隊の班長は、イプシロンシェルターに到着した後、ちりぢりになり、残ったのは、リン・シライとロウになっていた。

 一時的にロウも単独行動になったが、数日後、リンの部屋へと訪れた。

「リン、いるか?」

「どうぞ」

 部屋の入口付近で彼女を眺めていた。

 リンはロウを背にして黙々と机でなにやら細かい作業をしている。拳銃のパーツを分解してなにかを装着しようと慎重になっているようであった。

 手を止めると、

「ロウさん、何かあったんですか」

「リン、ここにはいつ頃までいるつもりなんだ?」

 ロウの考えに意図が掴めなかったのか、振り返り無言で答えた。

「私はまた地下通路に下りなければならない。ダウヴィを迎えに行かなければいけないんだ」

 ロウがいった言葉に、すぐ返答する。

「ライン博士を待っているんです。博士から連絡が来ることになっているので」

「ほお、ライン博士を」

「ロウさん、申し訳ないのですが、ダウヴィさんを迎えに行くのでしたら、他の遠征隊員をあたって下さい。次の活動をするまでにメンテと新機種の作成に取り掛かりたいと思っていて」

「そこをなんとかできないか? 地下通路にはまだトグルの生き残りがいる。ダウヴィを連れ戻るまで護衛を頼みたい」

 ロウは白髪の見える頭を垂れ、リンの傍まできた。

「顔を上げて下さい。ボクも行きたいのは山々なのですが、メンテを施しておかなければ、いつ故障が起きるか不安で。零下気温でエネルギーを保つのは難しくて」

 歯がゆい顔のまま、こうべを垂れている先輩遠征隊長に、なす術がなかった。できればロウの護衛を務めたい。だが。今後のために、武器や道具のメンテナンスは、必ず必要だ。ここで修繕作業をおこたれば、とり返しのつかない事態になりかねない。リンは堪えていた。

 刹那せつな、部屋のドアを激しくノックする音が聞こえてくる。

「リン隊長、隊長いますか?」

 男の声であった。少し慌てた様子が声からわかった。

「なにか?」

 ドアに近づき扉を開けると、遠征隊員のひとりが封筒をリンに差し出した。

「これを。いま、ドームシェルターから来た人が、隊長に届けてほしいと頼まれて」

「ボク宛?」

 隊員は続けざまに、

「『ライン博士』といえばすぐに気づくだろうって」

 といった。

「ライン博士?」

 封筒の中には、一通のメモ書きと一センチ四方のチップが入っていた。メモ書きには一文のみが記されており、ライン博士の直筆と思われるサインがあった。

 リンには直筆のサインに見覚えがあった。この字は間違いないく博士の、と目を輝かせた。しかし、メモ書きの意味することにリンは訝しく疑念の表情をうかべた。




 息づかいが洞窟内にこだまする。大きな荷物を背負いリン・シライは、地下通路を下って、旧市街地に向かっていた。

 ライン博士からと思われる手紙には、奇妙な一文が記されているだけであった。


 鉱石を探してくれ!


 脚幅をゆっくり確認しつつ、一度は上った道を今度は下っている。明るく照らされた大きな扉と空間が彼女の視界に入ってくる。

 先だっての巨躯のトグルの残骸をのりこえ、リンとロウは中継地点となったテントへと足を踏み入れた。

 ロウが先頭に立ってテントの中を覗こうとした。リンがぴたりと足を止める。

「ロウさん、なにか様子が変じゃないですか? 物音ひとつしない」

 彼女の物言いに反応して物陰に隠れたロウが、素早く身をかがめる。足のかかとに隠していたサバイバルナイフを取り出し、リンも拳銃を取り出す。

「ダウヴィ、ロウだ。迎えに来たぞ!」

 大声で発するロウの声に、辺りの静けさがさらに増してくる。

「ダウヴィ、どこだ! 返事をしろっ!」

「ロウさん」

 リンの冷静な声にロウが彼女に振り向く。テントに入ってみる、というサインを彼女が発していた。

 そろりと歩みをすすめ、彼女がテントの布をめくり、中の様子をみる。いたって荒らされた形跡はなく、出発した当時と何ら変わりはなかった。しかし、人の姿がなく静かであった。

 いったいどこに行ったのだろうか、簡易デスクを総当たりにリンが舐めるように見まわす。ここにいた遠征隊員の手がかりになりそうなものがないだろうか、丹念に見まわしたが慌てて出て行った様子もなく、奇妙であった。

「一体どこに行ったというんだ!」

「周辺を探してみます」

「リン、油断をするな。どうやら、トグル以外に俺たちの何者か敵がいるかもしれん」

 リンがロウの気になる発言に振り向き、彼の持っているものを注視した。指でつまみ上げたものに緑色の液体が付着した小さな紙片があった。

 しっかりと頷いた彼女の顔には、覚悟があった。



 旧市街地をほのかに照らす。明かりを目印に、かつての建物の残骸の中をリンが入っていく。


 ワァー、来るなぁ! 来るなぁ!

 

 声のする方へとリンは急いで向かった。廃屋の片隅でひとりの若い男がうずくまり、物凄い声をあげ叫んでいる。声には、張りがあり、未成年の恐怖に彩られていた。遠征隊で配布された深緑の迷彩服を着ている。

 ほのかに照らされた明るさの中に、忍び寄る影が声のする方へと近づいていた。

 影の正体がわからず、足音さえない。

 リンがすぐさま少年らしき男の前へと向かう。

「リン隊長!」

 緑色をした触手がリンに次々と襲い掛かってくる。彼女は素早くかわし、手に持ったナイフで触手を斬りつけた。

「はやくっ、早く向こうへ!」

 得体の知れない影がすこしずつ近づいてくる。


(いったい、何だというんだ!)


 次々と襲ってくる触手に、きりがないと見込んだリンが、家屋の瓦礫にジャンプし、俯瞰して影の正体を見定めた。

 巨大な毒々しい緑と黒い斑点のみえる花びらで覆われたカーニボラスプラント食虫植物のラフレシアと同じ花びらの形をした植物が触手を自在に操り、彼女を狙っていた。彼女にとって触手の早さは難なく躱せるレベルであった。

「まさか、コイツに!」

 目の当たりにしたリンに戦慄が走る。明らかにマーダー・プラント殺人植物の一種だとリンは悟った。彼女は過去の世界でマーダープラントの存在があることを知っていた。だが、この世界に来てまで、未来の世界に来てまで、恐ろしい殺人植物に遭遇するとは考えてはいなかったのだ。一刻もはやく、ロウさんにこのことを知らせなければ、と焦る気持ちを抑えつつ、リンはなんとか切り抜ける手立てを考えた。


(あの植物の化け物はいったい、あの男の何に反応したんだ!)


 少年の近くまで行くと、

「はやく、テントへ! 今は逃げるしかない」

 無我夢中でリンは叫んだ。

「はい!」

 未成年の男の背中を見ながら、背後から近づいてくる化け物植物の殺気を感じつつ彼女は急いだ。


                     8へつづく

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