1-6
「キャシー、久し振りね。見違えたわ!」
フリージアは茶色いフードを脱ぎ、妹を慈愛の目でみつめた。
「お義姉ちゃん、無事なの? 手紙には『助けて』みたいなこと書かれてたから心配になってたんだよ」
フリージアがキャサリンの髪をなで、安心させる眼差しをむけた。
「ごめんなさい、あの手紙はあなたをここへ呼び寄せる目的で書いたものだったの。あなたの性格なら、今度こそ、ハリーの遠征隊に参加すると思っていたから」
「じゃあ……、困ったことは起こっていないのね」
ええ、と笑みを浮かべる。
「それよりも、本当に無事でよかったわ。アルファシェルターが襲われたって報せを受けて……」
フリージアはキャサリンに寄り添い胸に抱いた。
「お義姉ちゃん……」
傍らからリンが呼びかけた。
「キャサリン、アルファシェルターとベータシェルターが襲われた
「えっ……、でも」
間を置き、リンがうなずき、
「わかってる。メモリーチップはロックファイドマンの手下になっているサム・ポンドに奪われて破壊された」
「破壊?」
リンが目を大きくしなにかを思い出す。
「ああ……そうか、ごめん。君は瀕死の重傷で憶えているわけがないんだね」
リンは、イプシロンシェルターに入る前の、地下通路でのサムの出現のことを手短に話した。
「そうだったの……」
キャサリンは深刻に聞き入っていた。さらに続けてリンが話し出す。
「けど、ここに着いてから今までのことを整理する中で、メモリーチップは特殊なものでできているらしいことがわかってきたんだ」
「特殊なもの?」
リンが大きく頷いた。
「その詳細を解明するために、ハリーは南西に向かったんだ」
「その通りよ。ハリーが南西でなにかしらの手がかりが掴めれば、気象タワーの正確な位置がつかめる」
リンの隣にいたフリージアがうなずき返す。
「キャサリン……」
フリージアは彼女の両肩に手を置き訴えかけた。そして、愛おしくおもいっきり抱きしめる。
「おねえ、ちゃん? どうしたの?」
彼女の横顔からキャサリンは双眸に真剣さをかんじた。珍しいとも初めてともいえるフリージアの行動に戸惑った。
「私は、このシェルターから出られないけど、絶対にハリーと一緒に生きながらえて。生まれ故郷と呼べるものは、すでに失われてしまったけど、私はどんな時でも味方よ。私を信じて」
「うん、あたしもハリーには惹きつけられるものを感じるの。子供の頃から、懸命になってアンソニー博士のことを考えていて、真っすぐで。少し頼りないところもあるけど、生きることに懸命になって、この世界を変えようとしている。ハリーと一緒に生きて帰ってくるわ!」
リンがフリージアの肩にそっと手を置いた。
「ボクもキャサリンの意気込みには敬意を表したい。この先の旅は、いままで以上に過酷さを伴うものだ。全力で君たちをサポートするよ。そのためにも、しっかりと基礎訓練を徹底的にやってもらいたいね」
そういうとリンは
「リンさん……」
キャサリンの呼びとめに応じず、手を振って去っていった。
「彼女は『博士』を迎えに行くといっていたわ。なにかとやることがあって忙しいみたいよ」
「博士?」
「ええ、ドームシェルターで別れたとか……」
「ああ、あの時の……」
キャサリンは小声で呟いた。
(きっとライン博士ね……)
やはり、過去から来たのだろうか、とキャサリンはリンの生い立ちを改めて考えていた。
ハリーが南西に出発してから三週間が経過し、リンがキャサリンのもとを離れてから二週間が過ぎようとしていた。
キャサリンは、リンの殴り書きのメモの通りにメニューをこなしていく。最初の一週間は、全ての鍛錬に時間がかかったが、日が増すごとに素早さのコツと鋭さが増してくる。リンのあの素早い身のこなしに近づくためには、自分ひとりでは限界があると、思った。
キャサリンが療養所の部屋に戻ろうと、隣の部屋を通過するとき、シャームブリュッサムが、隣の扉から出てくる。
「ブリュッサムさん」
「あら、もうすっかり回復した様ね」
「療養所に来るなんて珍しいですね。誰かのお見舞いですか?」
「昨日、ドームシェルターから来たという女性がいてね。その人の健康状況を確認しに来たの」
とブリュッサムが思い出したように上目になる。
「ドームシェルターから……?」
「ああ、そういえば、あなたとも知り合いだとか……」
「知り合い?」
「頭を打ったらしくて、一時的になんだけど」
ブリュッサムが急に手を添えて小声で話す。
「前にもこの療養所に来たことがあったんだけど、なにしろ融通が利かない性格なの。折を見てあなたも話してみてくれる?」
それじゃ、とブリュッサムはすたすたと出口へと向かっていった。
ドームシェルターに知り合いなどいただろうか、キャサリンは訝しく考えこんだ。
興味がわき扉をそっと開け、中を覗いた。ベッドには人の姿があった。細くあけた扉からは、顔を確認することはできない。
「誰だい、そこにいるのは?」
女性の声であった。低い声と特徴のある発音が、彼女の耳に聞こえてくる。
キャサリンには聞き覚えのある声だった。だが、なぜ、声の主がイプシロンシェルターにいるのかが不思議だった。『あの人』であるならば、アルファシェルターに戻ったはず。シェルターが襲われたことと関係があるのだろうか、
「ごめんなさい、ドアが開いていたものだから……」
ベッドの上で本を広げていたのは、エルシーであった。頭には白い包帯を巻いている。キャサリンをみるなり驚きと
「キャサリン! キャシー、なのかい?」
男勝りの言い方の驚きからか、開いていた本をベッドから落としてしまう。
「エルシーさん!」
キャサリンはエルシーの胸に飛び込んでいった。
「エルシーさん、どうして……」
エルシーは、キャサリンの問いかけに白い包帯を抱えつつ、痛みを堪えているようすだった。うつむき黙ってしまう。
「エルシーさん、エルシーさん、どうしたっていうの?」
「なんでもないさ、ハリーとは逢えたかい?」
「ええ、もちろん」
でも、と言葉を切り、
「エルシーさん、なんで、イプシロンに?」
訝しくキャサリンはエルシーの目を合わせる。
「話せば長くなってしまうんだけど……」
彼女はキャサリンが出発した後のことを冗談をまぜ語りはじめた。
エルシーの話によれば、その後の行動から、アルファシェルターに着く目の前まで来た時、輸送ヘリが飛び立つところを見たというのだった。状況を把握したうえで、ホルクが連れ去られたことを知ったという。すぐさま救出隊が編成され、向かっている中で、知り合いができたということだった。
「……それで、その知り合いの護衛でここまで来たというの? じゃあ、アルファシェルターは占拠されていないのね」
「もちろん、無事さ。ヴェイクがいま代表を務めていて、倭人と協力してベータシェルターの奪還に成功したと一報が入ったところなんだ」
キャサリンは安堵した表情で笑みを浮かべる。彼女には嬉しい知らせであった。すぐにでもハリーにそのことを伝えたいと慢心胸がいっぱいになる。
エルシーは改まった真剣身に満ちた表情で、キャサリンの両肩を手でがっしりと掴む。男のような太く熟練された重みのある腕のちからが、キャサリンの体に伝わってきた。
「キャシー、あたしは遠征隊を挫折して途中でやめちゃったけど、あんたにはあたし以上に」
エルシーは首を振り言葉を選ぶ。
「あたし以上に遠征隊員として、全うしてほしいとおもってるよ」
「エルシーさん」
「あたしね、アルファシェルターに帰ったら、ヴェイクに返事をしなきゃいけないんだ」
「返事って……」
エルシーは、頬を赤らめ気恥しそうな素振りを見せた。
「あんたも、ハリーを追いかけているんだから、向こうもその気なんだろうね。きっと」
「そんな、こと……」
(どうだろうか……)
キャサリンには、ハリーがどう思っていようと興味がない顔をエルシーに向けた。
7へつづく
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