1-8
テントの周りから放たれる灯りが見えてくる。マーダープラントの気配が遠ざかるのが分かった。リンはようやく速度を落とし、テントの周囲に放たれた明かりを基に男のとなりへと駆け寄った。少年も全速力で走ったこともあり、息切れを起こして、倒れ込むほど腰を落としている。
「おい、いったい……何が起こったんだ! あの化け物植物は、どこから」
男口調のまま低い声で、倒れ込みそうな少年にリンは怒鳴った。
「俺にも……」
少年の眼はリンを見ながらにして泳いでいた。少年の肩をつかみ、
「あんた、何歳だ?」
「……」
押し黙る少年にリンが睨みがおになる。彼の眼が不安の顔に染まり、ようやく口を開いた。
「十七です」
「ボクを見て硬くなるのはわかるが、あまり緊張しすぎると、かえって変な風に疑われる。もっと自信をもって答えることを学んだ方がいいぞ」
呼吸を整えるとつづけて、
「とりあえず、ロウさんに、このことを」
リンが言った。
「はい……」
テントの中へと入ったリンと少年は、ロウがテントの奥の方で、机に向かい何やら唸っている姿を見ていた。傍らには研究で使われている器材が所狭しと置かれ、簡易的な実験ができる設備があった。
「ロウさん、ただいま戻りました」
「リンくんか、どうだった?」
「それが、巨大化したラフレシアの植物に襲われて……」
ロウがリンに振り返った。リンの隣には少年が
「巨大化した植物、だと?」
「彼に事情を説明してもらうつもりです」
リンが腕組みをして少年の反応を窺っていた。仰々しく深々とお辞儀をした。
「遠征ハリー隊、隊員ロッジといいます。ダウヴィ副隊長の命で、荷物監視の任に就いていました」
「うむ、ロッジくん。状況を説明してくれるか?」
ロッジの身体は硬直し、ただただ緊張感に彩られていた。
「は、はい!」
ロッジの説明によると、ダウヴィを率いる遠征隊員たちが待機することに飽きてしまい、旧市街地の探索をして残党のトグルを掃討しようと武器を持ち出したというのだった。その後、組になって、探索していた遠征隊員が戻ってこないことに焦りを感じたダウヴィが、捜しにいくと言い出したという。ロッジ本人も捜索に加わった。もう一人の遠征隊員と旧市街地の奥へと進んでいたが、はぐれてしまい、隊員たちを待とうとテントに引き返そうとしたところ、巨大な植物に襲われた、というのだった。
顔色を変えることなく聞いていたロウは、やはりそうなのか、と小さくつぶやいた。考えをまとめ、深刻な表情になっている。
リンは疑念に満ちた顔でロウに訊ねた。
「ロウさん、『やはり』っていうのはどういうことですか」
「うむ、リンくん。旧世代の植物の知識はあるか」
「多少なら持ち合わせていますが」
「ここにきて、顕微鏡を覗いてみてくれ!」
リンはおそるおそるロウの傍らにある顕微鏡を覗き込んだ。無数の緑色をした細胞が、活発にうごめいている。一際大きい塊の緑色をした細胞が周囲の赤い細胞を取り込んでいた。
「ロウさん、これって……」
「この近くに群生している植物を採取してきただけなんだが、独自に進化しているためなのか、薄暗い地下でも活発に動いている」
ロッジもリンの見た後に、顕微鏡を覗き込んだ。
「私はここの地下通路については詳しくないが、ドームシェルターで聞いたところによると、特殊な煙を吸ったことで植物が巨大化したという実験施設が、地下通路内のどこかに作られたそうなんだ」
「実験施設……」
ここにもやはり実験施設か、とリンはウンザリした顔になる。
ロッジが深刻な顔で、
「まさか、ダウヴィ副隊長はもう」
彼の問いに一瞥しリンが、
「いいや、そう決めつけるのは早い」
とささやいた。
「だがな……」
うつむくロウの曇り表情に明るさは感じられなかった。
「あるいは……」
リンの呟く声にえっ、というロッジのささやきが聞こえた。
リンはすぐさま準備をはじめ、ドームシェルターに行くための荷物を簡単に整理する。
「ロウさん。ボクはドームシェルターにいって応援を呼んできます。ちょうど向こうに行く用事があったので。いまの現状、三人では対処が難しいし、それに、放っておけない問題にもなりかねない」
「リンくん、まさか、君は化け物植物がイプシロンシェルターまでせまるとでも」
「少なくとも、ボクを狙った植物は、明らかに攻撃する意思が感じられた。今のいままでは、巨躯のトグルがいたことで抑止力が働いていたと考えて間違いないと思います。天敵をボクらが排除してしまったことで、実験施設の植物が旧市街地にまで……」
「でもリン隊長、あの植物はテントまで近づいてこなかったですよ」
「たしかに。だがいつ来てもおかしくない。最悪の場合に備えて、イプシロンにも正確な情報を伝えたいというのもある」
荷物を背中に背負うとテントの出口へと向かいはじめ、急に立ち止まった。
「なるべく早く戻ってくるつもりですが、それまでにあの植物の弱点を見つけておいてください」
「お、おい。リンくん!」
慌てるようにロウが、彼女に近づこうと駆け寄るが、テントの外には彼女の姿は既になく、呆然とロウとロッジは佇んでいた。
旧市街地から地下墓地へと進むとき、男の声が聞こえてくる。
「おーい、待って下さい!」
ペンライトを男の方にかざした。ロッジの姿が浮かび上がってくる。
「リン隊長!」
「ロッジ! 君はロウさんと一緒に待っていてくれよ」
ロッジは素早く首と手を横に振り、
「いいえ、いいえ、隊長のサポートをさせて下さい」
と断固拒否するという仕草を見せる。
「もう、あの場所には留まりたくないんです。薄気味悪いトグルの叫び声が聞こえてくるわ。奇妙に反響した耳鳴りが聞こえてくるわで」
「それでよく遠征隊員になったな」
木の棒を取り出すと布切れを木の先端に巻きつけ始めた。
「おれ、これでも音に敏感で、ドームシェルターでは警備を担当していたんです。けど、イプシロンシェルターで警備をしようと考えていたんですが、警備するほどの経験が足りなさすぎるってダウヴィ副隊長に命令されて」
「それで、仕方なく残された?」
強くロッジは頷いた。
「でも、よく十日以上持ちこたえられたな」
ペットボトルの液体を木の先端にまんべんなくかけると、火をつけた。
「最初は副隊長たちが一緒にいたのですが、ひとりが植物にやられて調査をはじめたんです」
木の棒に原始の火がやどり、暖かなオレンジ色へと変化した。
「ところが、副隊長はおれだけテントに残れと命令されて」
「おそらく、副隊長は君の勇気を見込んだんだと思う。任務を全うしたことには変わりない。よく耐えた」
リンは力強く励まし、肩を軽くたたいた。
ひとりでいた寂しさをこの少年は味わったのだな、と納得の表情をした。
リンは木の松明を掲げ、地下の墓地へと足を踏み入れた。つづいてロッジも彼女を見失わないようについてきた。
8へつづく
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