1-9



 リンは原始的な明かりをかかげると、漆黒の広がる地下墓地へと進みはじめる。ひしめき合う頭蓋骨ずがいこつがわずかながらに光り輝いていた。

「ロッジ、ちょっと質問していいか?」

 リンはロッジの状況を聞くうえで、気になることがあった。

「最初の隊員が犠牲になって、副隊長たちがいなくなってからどのくらい経過したんだ?」

「……え?」

「つまり、君が一人になった時間はどのくらいだったんだ?」

 少しの沈黙が流れた。懸命になってリンの後ろで計算しているようだった。

「おおよそですけど、四時間ぐらいだったと思います」

「四時間?」

 リンは足場を確認しつつ、問い返した。

「はい、一時間おきに、この近くでみえる食虫植物の蛍光する葉が、数秒間暗くなるのを四回確認しているので、そのぐらいと判断しています」

 いい答えだと、リンが彼の回答に満足顔をあらわにする。

「リン隊長」

 歩く中でロッジが、弱弱しい声でリンに訊いてきた。

「ダウヴィ副隊長は無事なのでしょうか。未練がましいこと言うようですけど、あの人のこと信頼していたんです」

「あの副隊長をよく知らないんだ。けど、技量を経験した人のことは少しわかるつもりだ。目の鋭さと行動で判断できる。少なくとも君みたいに怖気づいた顔は、一緒に経験した中では彼にはなかった」

 そう、ですか、とロッジはたよりない小声でつぶやいた。

「判断の良しあしも、その時の環境、仲間の行動で逐一変わってくるものだから、数をこなすことが大事だ」

 数をこなすか、と深々とロッジが深刻な顔になっていた。

 リンは自分にも言い聞かせるつもりで、語りだした。あの人のことだから危険を回避しているに違いないと祈りつつ、歩を進める。

 松明の明かりで照らされる彼の顔には不安にさいなまれた幼い顔があった。

「おれ、少しは役に立ってますか?」

「君の年齢なら充分だと思う。副隊長の命令のままに従ったんだろ。彼はおそらく何かを見たか、策を講じるきっかけを知ったからこそ、すこし奥へと進んでいって真相を掴もうとしたんだと思う。奥になにがあるのか、君も見たのか?」

「ええ、人工的に作られた古い扉が壊れていて」

「ということは、副隊長たちはその壊れた扉の奥を調べに行ったってことなのか」

「扉の近くに金属板で【関係者以外立入禁止】のプレートが落ちていました」

 ロウさんも連れてくるべきだったのだろうかと、すこし後悔した。だが、ドームシェルターで情報を得て、応援を要請すれば解消できるだろうと彼女は安易に考えを巡らせた。



 ドームシェルターに通じている梯子までリンたちは辿り着いた。

 上の方から大勢の悲鳴のような声が、地下深くにいた彼女たちの元まで届いてきた。リンはドームシェルター内で何が起こっているのか気になっていた。梯子を上るにつれ、悲鳴を上げている声が、住人たちだということがわかった。彼女は妙な胸騒ぎを感じた。だが、それが本当なら【どうやって?】という疑問も同時に湧いてきた。

「上の方がすごく騒がしいようだけど」

「喋っている暇があったら、手足を動かせ」

「りょうかい、了解っ!」

 梯子を上りながらにして、ロッジが軽はずみのある声で叫んだ。

 上りきった先で、血なまぐさい臭いが立ち込めてくる。サムが隠れ場所にしていた部屋は、何者かに荒らされた形跡があった。野生トグルの仕業であることは明確だった。僅かに残る家具や日常生活に必要なものが、軒並みゴミ同然に壊されていた。

「キャー、誰かっ、だれか助けて!」

 外から子供の叫ぶ声が聞こえてきた。幼い子の目の前には、狂暴化した人間が、十歳くらいの少女に襲い掛かろうとしていた。ドームシェルターで暮らす住人のような様相であった。


(どういうこと?)


 リンは、襲ってくるトグルと化した人間が、ドームシェルターの住人のようにやせ細っていることに気づく。女性とも思えるほど身長が低かった。いままでのトグルとまるで体格が違っていた。だが、狂暴なまでの素早さは変わりがなかった。

「やめろっ!」

 ロッジが叫び、少女の前へと飛び出した。みにくくもえぐれている顔つきがロッジに恐怖を与えた。


グァァァァァ……グァァァァ……


 ひるむロッジの顔にトグルと化した住人は、何かを訴えるように威嚇の怒声を放った。顎を突き出し、声を荒げている。すぐさまリンが、トグルの退路にはいり、挟みこんだ。退路を断たれたトグルは、両者に一瞥すると平屋の建物に一瞬にしてジャンプした。素早い身のこなしであっという間の出来事であった。

「無事か……?」

 リンがロッジと少女に駆け寄った。

 ロッジの眼はまだ不安に彩られた表情をし、呆然としていた。

「ロッジ、おい、ロッジ!」

 怒鳴りつけるリンの声に正気を取り戻し、

「は、はい! おれは無事です。この子が転んでケガをした程度で」

 一瞬、ロッジの顔が震える。

「ありがとう。おにいちゃん」

 少女はか細い声で俯きながら喋っていた。

「どうってことないさ。それよりも……」

「このドームシェルター内で何が起きてるか、話せるかい?」

 少女はコクリと頷いた。

               10へつづく


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