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 瓦礫の横たわった場所に三人はすわり、少女は語りはじめた。話によると長引くシェルター暮らしで、おかしな病気が流行りはじめたというのだった。なんとか免疫をつけようと対策をしていたが、イプシロンシェルターから来たという医師が、免疫を高める薬を無料で打てるというふれこみがうわさを呼び、住民が殺到したというのだった。

「お父さんもお母さんもその注射を打ったんだね」

 負ぶさりながらに少女は首を縦にした。

「さっき襲って来たあの人は、君のお父さんなのか?」

 少女は首をすくめ、横に振った。

「でも、おかあさんもいつの間にかいなくなってた」

 少女の答えにリンとロッジが考え込んでいる。

「リン隊長、ひょっとして打たれた薬っていうのは?」

「確証はないけど、可能性は考えられる」

 強制的にを作り出している。リンは明らかにそう感じ取っていた。だが何の目的で疑念が浮かんだ。

「もっと調べる必要がありそうだな!」

 ロッジから小さい女の子にリンは顔を向けた。


 長い距離の細い道を大通りに向けて歩いていく。立ち並ぶ家は無傷な場所もあった。だが、人の姿がまったくない。静けさのある街を一行は進んでいた。

 リンには過去の世界に妹がいた。だが、生きていく上で、病気により亡くなっていた。小さい瞳の少女がその妹と重なり合っていた。

「お名前はなんて言うの?」

 少女は黙ったまますぐには答えようとはしなかった。不安な表情をみせているが、彼女は思い切ってリンに話しかけてきた。

「おねえちゃん? なんだよね?」

「うん、どうしたの?」

 つぶらな瞳で顔をリンに向けてくる。たちどまり彼女の身長の半分にも満たない幼気いたいけな身体が抱きついてきた。

 リンもそれに応えようと少女の身長に合わせ、中腰で接してきた。

 ひとりになったことで、心細くなり、信頼できる人に接して助けられたことにより心が安心したのだろうか、母性愛を求めてきたようであった。リンにも初めての経験である。幼い妹ができたように感じていた。隠してきた母性本能が少しだけ顔を出した。

「お名前なんていうか、教えてもらえる?」

 純な気持ちのままリンは、少女に笑顔を見せた。

「リニア、リニアっていうの」

「リニアちゃんね。ボクはリンっていうんだ」

 隣にいたロッジに視線を流した。

「こっちのお兄ちゃんはロッジっていうんだ」

 ロッジは顔を向けて、

「よろしくっ」

 彼女の小さな手をロッジの大きな掌に包み込んだ。

「リニア、安全なところに連れていきたいんだけど、どこか心当たりはあるかい?」

 首を横に振り、硬い表情になった。

「お父さんの知り合いがみんなで集まるところは知ってるんだけど……」

「ん……?」

 リンは直感で、リニアが親の集まる場所には、嫌な思い出があることを知った。

「そうか、そこは行きたくないみたいだね」

「とりあえず、遠征隊員の詰め所に行ってみよう。そこなら誰かいるかもしれないし」

 と歩を進め、ロッジはいった。

 三人は遠征隊員の詰め所へといそいだ。早いところライン博士と合流しなければ、リンは焦る気持ちをおさえ、大通りへとむかった。

 大通りには静けさしかなかった。通常ならば賑わいのあるほどの人の往来があってもいいはず。殴り合いや殺し合いがあったようだ。いたる所に血なまぐさい血痕がみえた。建物には血しぶきらしき跡や殴られ壊された箇所があった。だが、人の倒れた姿さえも見当たらなかった。

 詰め所の連中は無事だろうか、おかしな病気というのが引っかかるが、何よりも免疫を高める薬を持ち込んだという。もし、ドームシェルター全体に広がっているのなら、詰め所に遠征隊員は残っているだろうか、とリンはこの上ない閉塞感をうたがい始めていた。

「ひでぇ、ありさまだ。……まさか、おかしな病気のせいで」

 隣からロッジのつぶやきが聞こえてきた。

 詰め所のドアをゆっくりと開いた。中は電気が切断されているのか、薄暗く人の気配がなかった。ロッジが声を張り上げながら奥へと入っていく。

「誰かいませんか。誰か、誰か、いませんか」

 ドアのある場所を片っ端から開け放ち、人のいる痕跡をロッジは捜していた。彼の捜索も虚しく、薄暗い空気だけが廊下に流れ込む。意気消沈し、不安がぬぐえない表情で戻ってくる。

「リン隊長、この詰め所には誰も残っていないようですね。これから、どうします?」

 ロッジの言葉にリンは、顎に指を抑え考え込んだ。屈みこんでリニアと向き合い、

「リニアちゃん、お父さんやお母さんの知り合いって、ドームシェルターに住んでいるの?」

 彼女はふさぎこみ首を横に振った。

「わからない……」

 不安の表情の彼女はいまにも泣き出しそうに顔が曇ってくる。

 この少女を危険な目には遭わせたくない。どこか安全に保護できるところでかくまってもらわなければ、博士やホルクと合流するにも、ロウの待つ拠点にも戻ることができない。リンはなにか打開策はないか、と詰め所を出た。辺りを見回し、前にハリーが父親のアンソニーがいたとされる会議室のある建物があることを思い出す。

「ロッジ、このドームシェルターで大きい会議所のような場所を知っているか?」

 振り返りざまにロッジに声をかけた。

「会議施設ですか? あまり聞かないですね。旧世代の遺跡の中に、会議所らしき場所があったというのはなにかで耳にしたことはありましたけど」

「旧世代の遺跡?」

「ええ、このドームシェルターは、氷河期の来る前には、立派な研究施設の入った場所だったと聞いていたので。研究員がパスポート一つで楽しめる娯楽施設や美術館、劇場もあったらしいです。今は美術館の建物だけが残っていますけど」

「旧世代から残っているところは美術館だけなのか?」

「ええ、親父から何度も聞かされていたので記憶が正しければ。けど、会議所のような場所があったとしても瓦礫の中なので」

 ロッジはリンの問いかけに疑問のある顔で、

「でも、それがどうかしたんですか?」

 と、問い返した。

「この子をどこかで保護できるところはないかと考えていたんだ。このまま手をこまねいていても、元も子もないだろ」

 と彼女の答えに、ああ、とうなずきを返し納得のいく表情をする。

 リニアの握っていた手が強くなり、何かに怯えていることに気づく。

「どうしたの?」

 震える手に優しく声をかけた。

「こわい……」

 大通りから歩いてきたふたり組とみられる足音が、詰め所の方へと向かって来た。


                      11へつづく

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