2-9



 訓練を行うなか、周りのチームが騒ぎ始めていた。慌ただしく訓練生が叫び始める。どこからか悲鳴さえ聞こえてきた。

 状況がみえないキャサリンたちは、周囲の騒ぎに不安を感じていた。

「どうしたのかしら?」

 凝り固まっていたキャサリンのチームに、ブリュッサム軍曹が近づいてくる。

「教官!」

「君たち、はやく壕へ避難するんだ!」

「何があったんですか?」

「発狂人間たちだ。奴らの目的は、食料にほかならない! 彼らは時期が来ると、生きた若い人肉を求めて襲ってくる!」

「そんな?!」

 訓練生たちに不安な表情が広がっていく。キャサリンはひどく慌てる様子も、不安な顔もこのときはなかった。経験によって策のある解決を考え込む。

 ハリーなら、こんなときどうしただろう。自分を奮い立たせ、先頭に立って挑んだに違いない。ハリーを支えるぐらいになるにはこのぐらいのことにも勇気をもって取り組まなければ、サポートすることなんて到底できるわけがない、キャサリンは自分に言い聞かせた。

「対抗する方法は? 対抗策はないんですか? トラップを駆使して」

「まだ人数が把握できていない。今回の襲撃は、以前の襲撃とは比べ物にならない人数なんだ」

 キャサリン以外の誰もが黙り込んでいた。狂気の人間と唯一、合間みえていた彼女だけは闘いの意志があった。

「トラップを仕掛けるのは、ある程度時間を要する。とにかく、相手の行動をさぐることが優先だ!」

「そんな悠長にしていたら、被害が拡大するだけです。あたしが、様子を見てきます! みんなはごうへ向かって下さい!」

「おい、キャシー。危険すぎる。かりにも君はまだ覚えたてじゃないかっ!」

 キャサリンは一目散に走り出していた。時折、建物に身をひそめ、気配を殺しつつ、発狂人間が現れたという場所へと急いだ。近くには、訓練で使用するための落とし穴、感電罠が目視できる。遠くには原始的な縄で作られた編罠がみえた。

 地面を震わせるほどの震動が、彼女の足元から伝わってくる。


(なに……? 何が来るっていうの?)

 

 バリケードの破壊される金属音が響きわたり、全長三メートルは優に超えている発狂した人間―――人間にはほど遠くなった手足、顔が通常の人間よりも長くなった化け物―――が罠を破壊し闊歩していた。異様な匂いまで放っている。

 息を押し殺し、キャサリンは建物のかげで身をひそめていた。

 誰かがキャサリンの肩を軽く叩いた。ぴくりと肩を震わせ、振り向いた。布を口元に覆い、マスクのように着用している。ブリュッサム軍曹とミッチェルがいた。

 ミッチェルが布を差し出してくる。

「水臭いじゃない。わたしは一応、キャサリンを信用しているんだから、こんな時ぐらい声をかけてよ!」

 小声で耳元に話しかけてきた。

「ごめんなさい。でも、みんなを巻き込みたくなかったから」

 続けてブリュッサム軍曹が、

「トラップを仕掛けるのは、一人では無理がありすぎる。少なくともふたりは必要なんだ! だが、君の行動には恐れ入った。君の言う通り、被害が拡大する一方であることは否めない。ましてや、あの図体のデカいヤツは、生半可なトラップでは通用しない」

「教官、それじゃどうやってアイツを……?」

「ここがトラップ専用の訓練場であることを忘れたか?! トラップの技術を最大限に発揮するチャンスだ!」

 教官の物言いに圧倒され、訓練生たちは指示を待っていた。

「どうすれば?」

「ミッチェル、お前は数人の訓練生と数メートル先にある電波塔にある鉄球を、ヤツが歩いてきた真下にある地雷に落とすんだ!」

「はい!」

「キャサリン!」

 ブリュッサム軍曹が彼女を一瞥すると続けて話した。

「私と一緒に建物に設置しているボーガンで、ドでかいヤツを狙うんだ! 壕へ向かわせる前になんとしても止めるんだ!」

「教官、弱点はあるんですか? 弱点がわかっていれば……」

「移動しながら話そう!」

 ブリュッサム軍曹が、先導しキャサリンがそのあとに続いた。


                10へつづく

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