2-8


 VRこの模擬訓練が開始されてから一時間が経った。

 指先における速さが徐々に増してくるのがキャサリンには楽しくなっていた。

 ふう、と息をはき、

「よし、少し休憩しよう! キャサリンには慣れてないこともあり酷だろう」

 ブリュッサムがいった。

「いいえ、やっとコツが掴めてきたところなのです。もう少しやらせてもらえないでしょうか」

 ギアを外し、真剣な顔でキャサリンの顔を見る。彼女も、ギアを真上に持ち上げ、教官の顔をみつめる。

「だめだ、VRこの訓練は身体に見えない形で負担がかかるんだ。この訓練に関しては、休憩することもひとつの訓練と思ってくれ!」


 彼女の肩を軽くミッチェルが叩いた。

「教官のいうとおりよ。あんた、素質はあるわ。あたいも最初はあんたと同じで夢中になりすぎた。けど、そのあと思わぬしっぺ返しがきたわ」

「どんな?」

「一時的に身体機能が低下するの」

「低下?」

 休憩所に設けられた狭い個室で、ミッチェルとキャサリンは向かい合って座った。

「身体が慣れないうちはひどい頭痛と眩暈をおこしやすい」

 マグカップをテーブルに置くと、ブリュッサムがこたえた。

「それだけじゃない」

 一口すするとブリュッサムが続けて話し出した。

「この訓練に関しては、網膜にも影響が及ぶ。だから、視力の低下も否めないのだ」

 何度もうなずきを返し、キャサリンは納得した。

「さあ、訓練を再開するぞ!」

 ギアを装着すると、VR世界に入り、訓練を再開した。


 数時間が経過した。

 ギアを外したキャサリンはフウ、と大きく息を吐いた。訓練でのコツはつかんだが、実戦で本当に役に立つものなのか、自問自答を繰り返した。

「まずまずの成績ってところだね」

 ミッチェルが笑顔で声をかけてきた。訓練の最中、険しかった顔つきがだんだんとほぐれていき、信頼のおける顔つきになっている。いつの間にか打ち解けていた。

「これなら明日の合同訓練にあたいたちで行けるかもしれないわ」

 キャサリンも頷き返した。

「ふたりともよくやった。だいぶ時間を割いてしまったが、明日の訓練で成果をみせてほしい」

「はい!」

 ふたりの威勢のいい返事が響きわたった。

「時間も遅い。しっかり睡眠をとって遅れないようにしてくれ! 特にキャサリン。君は過密スケジュールで訓練をこなしている。身体に負担がないようにケアにも心がけてくれ!」

「教官。心遣い、ありがとうございます」

 疲れ顔を感じさせない笑顔でミッチェルは向き直った。

「大丈夫ですよ! キャサリンは意外にタフな面があるから、明日の訓練の中ではあたいもフォローするし、教官は期待していてください」

「その言葉、信じてるぞ!」

 三人のなごむ中で、キャサリンは繕いのある笑みを浮かべていた。こうしている間にも、ハリーやリンは、過酷な選択を強いられているかもしれない。はやくあの二人になんとしても追いつかなければいけない、と合同訓練にのぞむ決意をあらためた。



 翌日、防衛本部の合同訓練ということもあり、トラップ技術部門に所属する学生たちが集合した。各チームごとに編成され、南防衛ラインの境目にある訓練場へと赴いた。キャサリンの編成チームも訓練場へと徒歩で移動を開始した。

 キャサリンは緊張感があった。シェルターにいた頃、ハリーやヴェイク、フリージアが訓練のテストを受ける中、背後で見守っていたため、今まで合同の訓練には参加したことがなかったからであった。初めてともいえる正式な訓練を目の当たりにして、意気込みと同時に不安が襲ってきた。足手まといになってはいけない、みんなの足を引っ張るようなことだけは避けなければ、とキャサリンは強くおもった。

訓練場についたキャサリンは、ブリュッサム軍曹から訓練式に臨むにあたっての注意喚起を言い渡される。

 かつて訓練場の中に、発狂人間が侵入し、罠を仕掛け撃滅したことを話し出した。キャサリンは、訓練場に今もなお残っている生々しいほどの施設や訓練器具を遠目から注視した。小高い砦跡、壕に築かれている石段の途中にある何かの飛び散った液体の跡、アスレチック建造物にのこる歯形など、当時の凄惨さが窺えるほどだった。

 キャサリンは壮絶だった当時の様子に眼をそむけてはいけないと、感情をこらえながらも耐えた。


 合同訓練は、いくつかのチームに別れ、行われることとなった。チームの中でもかつて訓練場に突然襲ってきたトグルの集団のうわさで持ちきりになっていた。

 ひとりの男子訓練生が自慢話ともいえる英雄伝説のように語りはじめていた。

「ブリュッサム軍曹が話していた数年前の「発狂人間襲撃」には、まだ続きがあることを知っていたか?」

 訓練のさなか男子訓練生は、入りたてのキャサリンとミッチェルに近づき得意そうに話し出す。

「なにそれ? ただの噂話なんでしょ?」

「ところがだ、俺が聞いたところによると、どうやら、その発狂した人間というのは、もともと知能も理性もしっかりしていた正常の人間だったって話だぜ!」

「それ、どういうこと?」

 興味深そうにキャサリンはその話しに疑問を呈した。

「つまりは、どこかの実験場でむりやり発狂化させていたってことさ!」

「でも、そんなことをする人の目的って一体なんだろうね。わざわざ、発狂した人間が、正常な人間を襲う理由が理解できない。ただでさえ、地上世界が雪に覆われて、活動範囲も生活範囲も、食料面でも限られているっていうのに」

 ミッチェルが不思議に首をひねった。彼女にならってか男子訓練生も首を傾げている。

「さあ、俺にもさっぱりさ。単純に考えるんであれば、食糧問題が挙げられそうだよな!」

「もう一つあるわ!」

 ふいにキャサリンが訓練生に目を向ける。人差し指をたてた。ミッチェルが訝しげに彼女をみた。興味津々に男子も耳を傾けてくる。

「発狂させたってことは、意のままに操ることも可能だと思うの。人間に備わっている特殊な能力を引き出して、支配下に置くことだって」

「つまり、数世紀前に起こった戦争みたく、奴隷化させたり、迫害しているってこと?」

 キャサリンの言動に身震いを感じたのか、ミッチェルは反論した。

「だって、発狂した人間に、通常の人間が支配されるんでしょ? そんなこと考えただけでも恐ろしくなるわ」

「そうよね。ごめんね。変なこと言って」

 ミッチェルに共感して彼女はこたえた。

 キャサリンの納得のある話し方に、うわさ話を持ち込んできた男子訓練生は言葉を失っていた。


                  9へつづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る