2-7
翌日、キャサリンは宿泊施設のベッドで目を覚ました。傍らの机には古びたノートが置かれている。エキシビジョンマッチの終了の帰り際に、ブリュッサムから渡されたトラップ作成の基礎が書かれたノートであった。
窓から入ってくる冷気がキャサリンの身体を刺激する。ところどころに痛みを伴いながら彼女は起き上がった。
キャサリンは自分の実力が垣間見えたように感じた。エキシビジョンマッチとはいえ、自分の実力がブリュッサム軍曹に少しは通用していることが、彼女に大きい自信へと繋がる。このまま基礎体力を続けてリンの指導につなげられれば、ブリュッサム軍曹と同じレベルにまでなれるのではないか、と期待感が高まった。
トレーニングメニューをすませると、防衛本部へと向かい、トラップ作成の講義うけるため、講習室へと入った。
室内にはすでに数名の生徒が席に着席している。他の生徒が軍服に似た制服を着ている中、彼女だけが制服とは違う服を着ていたため、目立っていた。
キャサリンは周囲を気にすることなく、空いている席へと腰を下ろした。教壇の上部には、デジタル式の黒板と最上部中心にカメラらしきレンズがみえる。よく見ると黒板の右端、左端最上部にはカメラが設置されており、生徒の動向を逐一監視できるようであった。
「新入りかい……?」
隣に座っていたボブヘアで異様に顎の突き出ている女性がキャサリンに話しかけてくる。仏頂面の制服女子は、彼女を舐めるように見ると鼻で笑った。
「どうやって忍び込んだか知らないけど、あんた何者?」
キャサリンは、目を丸くする。制服女性の真うしろにいた制服男子が、キャサリンに気づくと制服女子に詰め寄った。
「チェルシー、お前は知らなかっただろうけど、講師と戦った新入りだよ」
「ふぅん……そういうことね」
いかにも興味がなさそうな顔つきになる。眼を合わせようとはしなかった。
どこからかチャイム音が室内に響き始める。生徒たちの背後にあった複数のレンズからレーザー光が教壇の中心に集まり人型を作った。
初めてみる光景にキャサリンは驚きの表情をした。
突然に生徒が立ちあがり、ブリュッサムに敬礼を始める。遅れるようにキャサリンも生徒たちにならった。
「諸君、講習に入る前に飛び入りだが新入生を紹介する」
キャサリンに目を向け、手招きして彼女を来させた。
「昨日、行われたエキシビジョンマッチで自分と対戦したキャサリン・シェーミットくんだ。彼女は西からはるばる遠征隊員としてやってきた。フリージア前局長の妹にあたる。短い期間だが、トラップ作成の講習を受けることになった。仲良くしてやってくれ!」
促しを受け、キャサリンが話しはじめる。
「みなさん、初めまして、キャサリン・シェーミットといいます。これから四週間ほど講習を受けるつもりです。よろしく」
制服男子からは口笛が聞こえはじめる。男性割合の多い室内に女性が一人加わったことで華やかになったからだろう。
「キャサリンくん、わからないことは隣のミッチェルに聞くといい」
先ほど話しかけた顎の突き出ている制服女性が、軽く会釈したことで、ミッチェルだと気づいた。
「それでは、明日の防衛実技に控えてトラップ作成の講習を開始する」
初めてみるデジタル黒板の表示にキャサリンはおどろいた。
講習が始まり、四十分から五十分後、チャイム音が鳴りひびいた。室内の空気が一瞬のうちに緩んだ。後方にあったカメラからの光線が消えた。同時に、ドアからブリュッサムが教壇へと歩いてくる。
「みんな、明日の防衛実技について話したいと思う」
再度教壇に視線が集まる。
「明日は、防衛局防衛本部のエントランスに集合だ! 詳細は手持ちのデバイスに送信してある。確認しておくように。以上だ」
生徒のひとりが大声で号令をかけ、合わせて敬礼をした。
「ミッチェルくん、キャサリンくん、一緒についてきてくれ!」
「はい!」
はっきりと声を上げたのはミッチェルだった。
ブリュッサムは室内をでると、移動を始めた。あとに続いてミッチェルとキャサリンが歩いていく。ミッチェルが横並びになり、キャサリンに小声で話しかけてくる。
「あんた、教官と試合をしたそうね。あたいが先輩だってことを忘れないでよ」
生意気な顔でキャサリンをにらみつけてきた。
同い年ほどの同性にこれほどまで敵意を持たれたことがなかったキャサリンは、彼女の性格を観察するためか、口出しすることなく黙っていた。口調や仕草がエルシーに似ていることから、どこか内に秘めたものがあるのではないか、そんなふうキャサリンは察した。
防衛本部の下層にきたキャサリンたちは、訓練準備室に入り身なりを整えた。特殊なギアとグローブ、そしてブーツを身に着ける。準備室からでた三人は、特別訓練室へと入室した。文字通りの訓練施設のトラップ器材と設備が置かれている。特殊なゴーグルをつけているためか、キャサリンにとっては軽い頭痛を起こしていた。
ブリュッサムが中央の制御装置でなにやら操作を行っている。スイッチが入ると今までの白く明るかった室内が、赤色へと変化した。
「ふたりとも、明日の合同訓練に追いつくため、これから模擬訓練を実際に行ってもらう。この空間は、
彼の言葉通りギアを外したキャサリンとミッチェルは、装着時との違いを確かめた。キャサリンはいたる所にカメラと器材があることに気づいた。
「装着時にもつ感覚は、脳にも伝わるようになっている。
「教官」
キャサリンは疑問のある顔でブリュッサムを見る。
「トラップの原理を学ばずに、いきなり実技講習ですか?」
「うむ、キャサリンの言いたいことはよくわかるつもりだ。本来なら原理を学んだうえで実技だが、防衛実技を明日に控えている以上、実際に身体で覚えた方が早いと考えた。原理は実技を行ったうえで各自で確認してほしい。特に君たちふたりは学習容量を詰め込まなければいけない」
ブリュッサムの『ふたり』という発言に、キャサリンは、ミッチェルも急遽トラップ作成を学ぶ事になったのだろうかと、思った。だが、移動の最中に彼女がいった『先輩』という言葉も気にかかった。昨日の試合も見ていなかったということも考えると、普段はどういうことをしているのだろうかとミッチェルの行動が気になった。
「いいか、ふたりともよく聞いてくれ!」
ブリュッサムは空中に文字を描き始めた。フローチャート式に訓練の説明を始める。
「最初は初期のトラップ作成から入り、五段階ずつ進めて、五十段階まで続けていく。かなり体力的に辛いかもしれないが、疲れたときには我慢せずに自分に申し出てくれ! 自分が先にレクチャーする。それを真似して手順通りに作成を開始してくれ。疑問がある点は、その都度質問もどんどんしてくれて構わない」
キャサリンはしっかりとした表情で頷いた。ミッチェルも彼女を一瞥するとすぐに頷いた。
「いいか?」
「はい!」
ふたりの大声が聞こえた。
納得の表情でブリュッサムは中央の制御装置に向かった。何かの操作を施している。赤色で染まっていた室内が淡い緑色へと変化する。
「それじゃ、
ブリュッサムが、空中を左右にスワイプし、何かをタップした。目の前に道具が出現してくる。しばらくすると、淡い緑の空間がきえ、樹海の景色があたりを覆いつくす。
キャサリンにとって初めてといえるVR空間に戸惑いをみせた。ミッチェルは慣れているためなのか、冷静に教官の作業を終始無言で見守っていた。
8へつづく
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