2-6



 三日後、防衛管理本部にある直径約十メートルの円形状の武舞台で、キャサリンとブリュッサムのエキシビジョンが行われることとなった。

 キャサリンの希望による攻撃手段は、短いナイフ形の短剣術で競われることになる。彼女にとってはアルファシェルター、ベータシェルターから慣れ親しんでいる得意なものだった。ハリーとヴェイクに教わり、フリージアからも手ほどきを受けるほどに自分の中では上達していると感じていた。柄の部分を逆手に持ち替えて突きの連打とそのリズムに即した拳や蹴りによる連続攻撃は、身長が低く、回避能力に優れた彼女にとって一番の長所である。リン・シライと巨躯のトグルの前線前に手合わせした時も、彼女自身と対等に渡り合えると手ごたえを感じるほどだった。

 そんな彼女に対して、ブリュッサム軍曹もナイフ術には、自信がうかがえる。軍の訓練兵としてサバイバルナイフを常に持ち歩き、器用にも上空数メートルに投げたナイフを脚の裏で蹴り飛ばし、標的に当てるという曲芸に匹敵するナイフ使いの達人でもあった。キャサリンがそのことを知ったのはフリージアが、エキシビジョンマッチを行うという数時間前のことだった。

 エキシビジョンではあるものの、美女同士の対決にどこから聞きつけたのか、武舞台の周りには防衛管理スタッフ、野次馬や観客の姿が、百人ほどにふくれあがった。

「ごめんね、キャサリン。一部の関係者だけで開くつもりではいたのだけど、私の妹が試合に出るといったら予想よりもはるかに多くなって……」

 駆けつけていたフリージアが隣から小声でつぶやく。

「あたしはかまわないわ。お義姉ちゃんがそうしたかったんでしょ?」

「あえて、否定はしないわ。このシェルターには娯楽といえる娯楽が少ない。盛り上げるつもりで私も息抜きがてら、歌なんて歌っているけど、普段から武術の試合となると、血の気の多い軍の関係者がこぞって見にくるぐらいなの」

「寂しい試合より騒がしい試合の方があたしも楽しめるわ!」

「そう言ってもらえると、私としてもみんなに声をかけた甲斐があったというものよ! 楽しんできて!」

「うん!」

 フリージアは普段はみせない満面の笑顔をキャサリンにみせた。

 キャサリンも笑顔をフリージアにみせ、武舞台へとあがった。ブリュッサムも深呼吸したうえで、舞台に立った。審判から精巧に作られた木剣で刃の短いものを両者にわたる。刃先は滑らかに削られ、鋭く尖っているわけではない。だが殺傷能力は技術に比例するエキシビジョンであっても怪我を負わせることは充分な武器だった。

 室内には、審判員のほかに開始と終了を目視で判断できる二種類の点灯機のような機器が備わっている。キャサリンの見つめる上方に横並びの点灯機は赤を示していた。

「軍曹、キャサリンさん、あの点灯機が青になったら、試合を開始してください。試合は二本行います。赤になったらブレイクアウトし、青になったら開始です」

「わかりました」

 慣れているためか、ブリュッサム軍曹は目視で審判員に頷いた。

「キャサリンさん、エキシビジョンでも全力でお願いします。あなたの実力を知るうえでの試合なので」

「ブリュッサムさん、お手柔らかにお願いします」


 キャサリンはブリュッサムに向き合うと上方を仰ぎつつ、静かに目を閉じ、小さく呼吸を吸った。静かに目を開き、彼女を見据え戦闘準備に入った。


「レディ、ファイト!」

 審判員の掛け声が響きわたる。点灯機が青へと変わった。


 キャサリンがわずかに半身姿勢で腰をかがめたのに対して、ブリュッサム軍曹は何もせず、構えさえしなかった。

 気合と共にキャサリンは、ブリュッサムに連続攻撃を仕掛ける。彼女は軽くステップを踏み、難なくと彼女の攻撃をかわし続けた。ナイフが届くどころか当たりさえしない。ナイフが空を舞い軍曹に拳で攻撃するも、止められてしまう。降りて来たナイフを逆手に持ち替えて、膝をキャサリンは狙った。

 ブリュッサムは、一瞬のうちにキャサリンの背後へとまわり、

「キャサリンさん、こっちよ」

 言葉を喋る余裕があった。すぐさま、軍曹は、間合いをあけキャサリンの攻撃に備えている。


(攻撃があたらない……)


「キャサリンさん、もっと本気でお願いします。気合だけでは自分に触れることはできないわ」

「わかったわ。次からは全力で攻撃します」

 キャサリンは、交互に片足をあげ軽くジャンプを繰り返すとブリュッサムの付け根と肩に狙いを定め、前かがみになり突進した。先ほどとは比べ物にならないほどのスピードにブリュッサムがひるみ、後ろに回避しようと脚を進めたとき、背後にキャサリンの姿に気づき、左へと瞬時によける。風圧の力で右肩の脇にちいさい穴が開き肌が露出しはじめようとしていた。穴の開きを最小限に食い止めようと、ブリュッサム軍曹もナイフで反撃する。ナイフの反撃に対抗するように、キャサリンは次の攻撃を腰へ狙いを定め、ナイフではなく拳と蹴りへ転換する。

 まるでわかっていたかのようにブリュッサムは拳の位置も蹴りのはいる場所も予測するように難なく避けた。これ以上の連続攻撃をされまいと、再び間合いをとった。

 軍曹はニヤリと口角を上げほくそ笑んだ。

「さっきとは随分とスピードが格段に上がったわ!」

「様子見でスピードは抑えていたんです」

 キャサリンとブリュッサムの試合の攻防に歓声が湧き上がる。

「今度はこちらから攻撃しますよ」

 ブリュッサムの言葉に逆手で握りしめている小剣を構え、キャサリンが身をかがめた。

 どういう攻撃を仕掛けてくるのだろうか、とブリュッサムを注視する。

 一瞬目を閉じたブリュッサムが、迫ってくる中でキャサリンには二重、三重に残像が襲って来たようにみえる。


(動きは鈍いのに……なぜ、何重にも……?)


 鈍さと残像に気を取られたのか、キャサリンは足をひっかけられ転びそうに身体を崩した。体勢を立て直そうとしたとき、左横からナイフのひっかく音が聞こえてくる。音に気づくのが遅れ、キャサリンはトレーニングウェアの左袖にナイフで破れた痕があることに気づきすぐさま、右へ回避した。

 それを待っていたようにブリュッサムは、背後からナイフを振り下ろそうとする。振り下ろす気合に気づき、キャサリンは後方へと再び回避する。何度となく彼女が回避する中で、トレーニングウェアに焦げた痕が次々と現れる。鋭い痛みを抑えながらも彼女は必死に回避を試み、最後はナイフで受け止め、後方に大きく後退し、武舞台の端まで追いやられることになった。

「ブレイクアウト!」

 審判の叫び声が聞こえてくる。上方の点灯機が赤を示していた。

 たすかった、とばかりにキャサリンは大きく息を吐いた。

 再び歓声が湧き起った。

 一時的に武舞台をおりたキャサリンは、ブリュッサム軍曹のスピードについていくのがやっとだったと気づいた。

 深呼吸を整え、キャサリンは再び武舞台に上がった。


                  7へつづく

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