キャサリン編 PART2
2-5
キャサリンのもとからハリーが離れて一か月、リンが去ってから二週間が、キャサリンの中で経過していた。怪我も完治したキャサリンは、リンにトレーニング法に基づき基礎体力を高めた。
リンが戻るまでに自分にしかできない何か特技を身につけられれば、ハリーやリンの支えになれるのではないか、キャサリンは、フリージアに相談を求めた。
フリージアは、キャサリンの性格を考え、イプシロンシェルター防衛本部の管理部門に属する[ツェルマット]を尋ねるように勧められた。
キャサリンは、療養所から退院したのち、フリージアが紹介した宿泊施設に移動し、ツェルマットに会いに防衛本部へと赴く。
シェルターの中心地に位置した施設が、天上に近く聳えていた。さっそく、中に入ったキャサリンは、受付で会話している男性に呼び止められた。見上げる男性の目線は鋭い顔つきをしている。ぴくりと身体を震わせるも、なれている自分がいた。
男性は携帯しているデバイスを片手に画像を確かめている。
「失礼だが、キャサリンさん、キャサリン・シェーミットさんでしょうか?」
清楚なスーツ姿の男性に訝しくも首を傾け、キャサリンは誰だろうかと模索した。
知り合いの少ない彼女にとって、男性なら一度会っていれば顔を忘れないはずと困惑顔になった。
「以前に会ったことがありましたか?」
「無理もないか……」
と男性は前置きすると、
「初めましてというべきかな。ガスターミュと言います。あなたはハリーさんに背負われて意識を失っていた。おそらく、憶えていなかったもしれない」
「ガスター、ミュさん……?」
名前の響きに反応して、ガスターミュは強い口調で返事をした。
「はい! いやはや偶然とは恐ろしいものだ。これからフリージア前局長と話し合って、あなたを迎えに行こうと思っていたところだったのですが……」
フリージアという言葉を聞いてキャサリンは、直感的に思った。
「ひょっとして……」
「ええ、察しの通り自分です。数週間でできるトラップ作成の指導の手配を任されました。もちろん、基礎体力をつける合間に監督として伺うつもりです」
「トラップ作成ですか……」
長身の男性は、小声で呼びかけ、
「ここだと、なんなんで自分のオフィイスで今後のスケジュールを」
すたすたとエスカレータに向かいだした。
顔認証でドアを開け、ガスターミュはキャサリンを室内へとエスコートした。見るからに彩られた調度品がいくつかならび、本棚に囲まれ地位に相応しい立派な机が置かれている。壁には、フリージアとツーショットに並ぶデジタルフォトがあり、防衛本部スタッフと一緒に集合写真で撮られたとみられるフォトと交互に映し出されている。来賓用に設けられたソファには、ガスターミュの性格には似つかわしくない犬のぬいぐるみが置かれていた。テーブルには、円形状のデバイスが設置されていた。
「どうぞ、そこのソファへ」
座り心地のいいソファに身をゆだね、近くにあったぬいぐるみをキャサリンはじっと見つめた。初めて入るきらびやかな室内にキャサリンは緊張していた。
「まさか、あんなところでこれから会おうとする人に会えるとは思っても見なかった。ロビーだと自分の体格上、目立つうえにいろいろと取り繕うことがあると思ってオフィイスに招いたのだが……」
デバイスを手にソファへと座った。
「前局長にこんなかわいらしい妹さんがいたとは」
キャサリンは強く首を振った。
「そんなことは……でも」
「ん?」
「お義姉ちゃ……じゃなかった義姉からは、『ガスターミュ』という名前しか聞いていなかったので、ツェルマットって言われてピンと来なかったのです」
ああ、なるほど、と思わせぶりのうなずきをガスターミュはみせた。
「それで、今日、義姉も同席するんですか? 受付の人と会話をしている中で『義姉が訪問する』とか言ってましたけど……」
「そのことだけどね。君のお義姉さんの話だと急に予定が入ったらしくて、キャンセルしてほしいと言ってきてね」
そうですか……、と独り言をキャサリンがつぶやいた。
「それで、私に教えてくれるトラップの作成というのは……」
ガスターミュが向かい合ってソファに背もたれた。
「今日はスケジュールを組むだけだ。それと、自分も防衛管理をになっているため、多忙なので自ら手ほどきができない。自分の片腕であるトラップ作成の達人に任せることにしている」
ドアの向こうからこもった声が聞こえてくる。女性らしい声だった。
「失礼します」
入ってきたのは風格と威厳のある顔立ちをした女性だった。栗色の髪の毛をふわりとなびかせ、紺色の軍服を着こなしている。目鼻だちの整った二十代前半の女性である。
「お呼びでしょうか、ガスターミュどの」
「ブリュッサム軍曹、先日話したキャサリンさんだ!」
礼儀正しく向き直るとブリュッサムが斜め三十五度でお辞儀をした。
「この方でしたか」
キャサリンには違和感のある感じ方だった。見慣れない軍服の色と清楚正しくしつけられた敬礼に彼女も深々とお辞儀をする。
キャサリンに向きガスターミュが説明した。
「
強い口調の面持ちでブリュッサムが反論した。
「ガスターミュどの、自分はまだ半人前です。先の防衛で勝利をおさめることはできましたが、まだ他人に教えるほど熟知したわけではないと申し上げたと思いますが……」
二、三度ガスターミュは頷いたうえで、話しはじめる。
「それでもいい。他人に自分の流儀を教えることは悪いことではない。君の恩師も若い頃に未熟ながらも流儀を教えたと言っておられた」
「あの師匠がですか?」
「どこでどうしているか、は気になるところではあるが……まあ」
気持ちを切り替え、ガスターミュがデバイスの操作を始めた。
「それはさておき。現在は彼女のスキルアップに対処してほしい。そこで、これをみてほしいのだが」
デバイスから三次元モニターを起動させ、空中にスケジュールが表示される。
「キャサリンさんに合わせた教育の仕方を軍曹に提案してほしい」
困惑に彩られたブリュッサムがキャサリンの顔を一瞥して、
「そうは言っても、彼女のことを自分は何も知らないで教育に臨むわけには……」
「わかっている。お互いの理解を深める意味合いをこめて、肩慣らしにエキシビジョンマッチを行おうとおもう。もちろん、手っ取り早く進めるために、キャサリンの得意な攻撃術で対戦をはかりたい」
ガスターミュが彼女たちを互いにみまい表情を窺った。
「三日後、この防衛本部にある武舞台室にて、開こうとおもうのだが……、おふたりとも同意してもらえるか?」
先に発言したのはブリュッサム軍曹だった。
「自分はかまいません。武術であればトラップ作成同様に得意分野であるので」
「あたしも、かまいません。今の自分の力量を知る上でも、ブリュッサムさんと交流を深める面でも。それに、攻撃術をわたしが提案してもいいというのであれば、願ってもないことです。お願いします」
リンに指導を仰ぐまでにこなすよう、彼女に提案されたメニューの成果が出ているかどうか、キャサリンはここではっきりすると思った。リンからトレーニングメニューを聞かされて、約四週間毎日基礎トレーニングを欠かすことなく続けていた。
リンには遠く及ばないものの、療養所の二階屋根のひさしまでは飛べるようになっていたのだ。
「うむ、わかった。互いに健闘してくれ!」
ブリュッサム軍曹が握手を求めてくる。彼女は口角を上げ、笑顔を見せる。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
キャサリンも軍曹にこたえ、握手した。
6へつづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます