2-4


 中年風の女性が、ひとりアニーニャの方へと近づいてくる。時折、住人をかき分け、彼女の話を聞き、驚きの表情をしている。見るからに洞窟に長年住んでいる様相ではなかった。

「ひょっとして、そのお兄ちゃんというのは……」

 中年風の女性は、髪をさわりアニーニャに近づくと、

「自分と同じ髪の毛で、眼が琥珀色じゃなかったか?」

 突然の問いかけに中年風の女性に注目が集まった。黄土色の髪をなびかせ、低い声でアニーニャへ呼びかける。体格ががっしりとしていた。

「おねえさん、どうして知ってるの?」

「あなたは……?」

 ハリーがアニーニャに続いてといかけた。

「口出ししてすまない。自分はパルベーシェという者だ。実は、自分はASPROアスプロ組織の派遣捜査をしている者だ」

「ASPRO?」

「人工太陽計画を阻止しようとする組織の略称だ! その子の言う協力者が、もしかすると潜入した派遣員かもしれない」

「派遣員?」

「名前はファン。自分の所属している部下のひとりだ。ある事情から彼自身が潜入捜査として買って出た。数か月前に組織との定期連絡が途絶えてしまったために、私が、捜査に乗り出したのだ!」

 中年風の女性は、顔写真入りの身分証をみせた。ASPROと表記され詳細な所属名が記されている。秘匿情報捜査官という所属名があった。

「彼は定期連絡ができなくなったことで、危険を察知したのかもしれない」

「何か秘密をつかんだ?」

「むしろ、それ以上かもしれない。外部に漏れることを怖れて疑いを持たれていると思われる。行われている研究自体が非人道的な実験をしている可能性も考えられるんだ」

 一刻の猶予もない。ハリーはただならぬ不安な気持ちがこみあげてきた。子供たちを連行し、彼らは何を企んでいるのか、ハリーには想像ができなかった。

「ハチェット、ミューレ。これから気象シェルターに向かう。準備をしてくれ!」

「自分も連れてってもらえないだろうか?」

 パルベーシェは手を胸にあてがい、ハリーに訴えかけた。

「実をいうと、気象シェルターに潜り込むきっかけがつかめず困っていたところだったのだ」

 低い声の女性は、今までの状況を話し出した。

「気象シェルターの地形は複雑になっているため、侵入路が限られている。そのうえ厄介な狂乱の人間を衛兵にしているために、一筋縄では潜り込めそうになかったのだ」

「そういうことならば、是非とも」

 ハリーには心強い味方だった。フレデリックがいない今、経験の浅い自分では判断のつきづらい侵入作戦に経験者の助力は不可欠だった。

「ならば、もう一度地図を見直してみましょう。ハチェット、地図を出してもらえないか?」

 ハチェットが機器を立ち上げようとするが、起動はするもののマップの歪みが激しく認識が難しかった。

「隊長、この辺は極度に電波が微弱なせいなのか、地図がゆがんでしまって」

 たえず連絡をかかさないパルベーシェが、ハチェットをみすえ言い返した。

「この辺では機器は役に立たない。おそらくだが、気象シェルターから衛星の電波を妨害する装置を使っているようなのだ。ここは、原始的だが紙で書かれた地図の方が正確だ」

「そうか……」

 微弱すぎる電波の原因は、やはり気象シェルターだったのかとハリーは思った。

 パルベーシェが懐から丸く包装した筒のようなものを取り出す。中に収められていたものは、四方百センチ近くある谷の記された古めかしい地図であった。どうやら洞窟を含む渓谷と気象シェルターの地形地図だ。

 地図には氷河期になる前だったのか、海岸線と建物、そして渓谷が拡大され現されている。

「現在いるところは、昔湖と海が近くにあった場所が、干上がってできた渓谷の洞窟だ」

 パルベーシェが建物のマークの側にある谷にバツ印を書き記した。

「もともと湖の地形で海岸沿いに面していた建物だったが、地殻変動の影響からか現在ある気象シェルターの周囲は渓谷に囲まれていた場所だ。南には海岸線だった痕跡が残っている」

 パルベーシェがばつマークを軽く叩くと海岸線を指し示した。

「表玄関は海岸線からだが、裏玄関は、今いる洞窟から繋がっている場所にある」

 アニーニャが横から地図を覗き込んできた。

「わたしが憶えている限りだと、何かの箱を運んでいる入口があったわ」

「おそらく搬入口だ。食料や物資をシェルターの内部に運び込む出入口になるだろう」

 そして、と言葉をきり、彼女が話し続けた。

 渓谷の場所を軽く叩きながら、

「第三の入口が存在する。ファンから聞いた話だと研究施設の入口らしい」

「第三の……?」

 アニーニャがつぶやき目を輝かせていた。

「わたし、知ってる!」

「知ってる?」

 ハリーは驚きの顔になった。ミューレが優しく話しかける。

「知ってるって、アニーニャは場所を知っているの?」

 明るい顔で素朴になるとうん、と軽くうなずいた。

「近くまでは何度も行ったことがあるの。案内ぐらいならできるわ」

 この少女に案内を頼めるならいいが、アニーニャを再び危険な目に合わせるわけにはいかないと、ハリーは思った。

「だめだ! アニーニャを案内人に抜擢するわけには……」

「だが、今のところ詳しい入口は彼女しか……」

 小声でハチェットがハリーにささやいた。

「自分もアニーニャに案内させるのは反対だ。だが、我々はこの洞窟に詳しいわけではない」

 パルベーシェの発言はもっともだと感じた。守ることは問題ないだろうが、彼女の意向や逃走経路も確立しないといけない。彼女は、気象シェルターから目をつけられている。有事の際のことを考えていた。

「ハリー、足手まといにはならないように協力するから、お願い!」

 アニーニャのおさないつぶらな瞳には危険を承知な覚悟が見えた。

 ハリーは息をひとつ吐くと叫んだ。

「アニーニャ、案内できる自信はあるのか?」

 彼女は両親を一瞥すると、すぐにハリーに向き直る。

「もちろん、自信があるわ!」

「よし、頼む。だが、ひとつ約束してくれ。俺たちの隊に入る以上、勝手な行動はしないでくれ! 安全の確保ができない場合も出てくるからだ。わかったか?」

「うん、わかったわ! 約束する」

「そうと決まれば、明日に備えて準備をしよう」

 アニーニャをはじめとしてハリーの一言で結束がかたまり、士気が高まった呼び声が洞窟の中にこだました。

                  

                     5へつづく

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