2-3

 ハチェットたちと合流しようと縦穴へハリーは引き返した。彼女は、歩く中で、安心したようにハリーに身の上を話した。自分が生まれた場所は洞窟の中で、地上にはほとんど出たことがないこと、気象シェルターと洞窟とが地下で繋がっていること、そして、気象シェルター内部では実験が日常的に行われていることをハリーに語る。ハリーは、関心があるものの聞き流し、彼女の一方的な喋りに誰かを重ねていた。横穴を抜けハリーたちはほのかに見えるハチェットたちの明かりへと降りていく。見慣れない子供を引き連れてきたハリーにミューレが声をかけた。

「隊長! この子は?」

 アニーニャはつぶらな瞳をミューレに向ける。

「洞窟内で連れ去られようとしていたところを助けたんだ!」

 振り返りハリーは話し始めた。

「アニーニャ、さっき話した俺の隊のメンバー。ハチェットとミューレだ」

「アニーニャ・ヘレンといいます」

 ブロンズの髪を垂れ下げアニーニャは、礼儀正しくお辞儀をする。

「ハチェット、怪我の具合はどうだ?」

 心配そうな顔でハリーはハチェットの足の具合を気にした。

「軽く捻ってしまった程度で問題ないです」

 アニーニャも心配な表情で見守る。

「わたしが岩を落としたためにこんなことになったなんて。ごめんなさい」

 ハチェットが驚いた表情になる。

「隊長、どういうことですか?」

 ハリーは彼女とハチェットを交互に一瞥すると、

「彼女にも彼女なりの理由があるんだ。許してやれよ」

「理由? 一体どんな?」

「アニーニャは気象シェルターから逃げてきて、俺たちが追っ手のやつらだと勘違いして岩を落としたらしい」

「気象シェルターからの追っ手?」

 それじゃあ、と隣にいたミューレが会話に入ってきた。

「この子は気象シェルターへ入る方法を知っているかもしれない。取りあえずは、彼女の暮らす集落に行ってみようと思う」

 今はアニーニャに頼るしかないとハリーは思った。フレデリックが遅れることになったとしても気象シェルターに潜り込むことができれば、気象タワーの手がかりや人工太陽の情報が手に入るかもしれない、とこの上ない期待感と意欲が彼の中に湧き上がってきた。

 ハリーがミューレに小声で話しかけた。

「ミューレ、君が彼女の歳に近いし、女性同士なら打ち解けるのも早いと思うんだが」

 わかりました、と彼女が小声で返してきた。

「アニーニャ」

 腰をかがめハリーはアニーニャを呼んだ。

「今から君の暮らしている場所に向かおうと思う。案内してくれるか?」

「うん、いいよ!」

 ハリーは彼女の頭をなでた。

「よし、出発しよう!」

 アニーニャを先頭にハリーたちは洞窟を再び歩き始めた。



 凹凸でこぼこのある小石が散乱する中、アニーニャをかわきりにハリーたちは、洞窟の奥へと脚を踏み入れていく。空間の広くなった先には、使われなくなったつるはしや鉱山用のバケツなど、かつて鉱山であった跡が窺え知れた。道具の散乱を目にトロッコの線路が奥へと延びている。

 緩やかに下る岩場の道を慣れこなすアニーニャは、ハリーたちには身軽に進むように感じていた。ハリーたちは、足場を確認しつつ彼女についていくのがやっとの状況であった。

「もうすぐだよ! ほら、明かりがみえてきたでしょ?」

 振り返る彼女の指さす方向に、一際明るいオレンジ色の光が見えてくる。

「先にしらせに行くね」

 はしゃぐ彼女の身体を見据えたハリーは、後方にいるハチェットを一瞥した。

 オレンジ色の光の見える方向へ進むと、天井の高い空間がひろがる場所にでた。空気に重い冷たさがなく、緑色の草が一面を覆っている。

「隊長、なんだか気温がすごく落ち着いていますね。洞窟の中とはおもえない」

 ミューレが周辺を見渡しながらつぶやいた。

「それに、植物まで生えている」

 根を生やし、周辺の地面を覆いつくしている。中には光合成で育つ植物があった。

 天井を見上げハチェットがつぶやいた。

「もともと地上は雪がなかったわけだから、高低差があっても不思議はない。ただ、気温が洞窟内部にしては高いことは気になるが、俺たちにとってはなんだか違和感があるな」

 ミューレは同意するように頷いた。

 所々に生える雑草をみながらハリーたちは、奥へと進んでいく。しばらく進むと川のせせらぎがハリーの耳に入ってくる。

 ハリーの眼に松明の明かりらしきものが飛び込んできた。簡易的に作られた小屋のような建物が数軒現れた。大勢の住人らしき人影がハリーたちの前に現れる。

「ハリー! ハリー!」

 呼び声と共にアニーニャが松明を掲げやってきた。彼女に率いて大人とみられる男女が、ハリーのもとにやってくる。

「娘を助けていただいたそうで」

「感謝の言葉も……」

 アニーニャの両親だった。娘の笑顔に同調し嬉しさのあふれた顔になる。

「いいえ、俺はなにも」

 ハリーは照れながらもこたえた。

「聞くところによると、あなたはイプシロンシェルターから来られた遠征隊だとか」

 中年らしき夫婦は目を輝かせハリーに詰め寄った。

「ええ、まあ」

 アニーニャの母親はハリーの顔を見るなり、まるで会ったことがあるかのように彼をみた。

「あなたは……もしかして?」

「はい?」

 ハリーはいぶかしく首を傾ける。アニーニャの父親がじっとハリーを見つめる。彼の顔に何かを思い出していた。

「もしかすると、あなたはヴェルノ博士のご子息では? 顔立ちがヴェルノ博士に似ておられる」

「父を、ご存じなのですか?」

「もう十五年以上前だと思いましたが、印象のある言葉を私たちに言ってくれて憶えていたのです」

「十五年前」

 そうなのか、とばかりにハリーは、父親の通った道のりに想いをよせた。

 もっと父親の話を彼らから訊きたいと願った。だが、いまは父親が叶えようとしていたことへ疑問が拭えなかった。フレデリックの言葉がどうしても気になっていた。

 父親がアニーニャをちらりと見て、

「あの子が赤ん坊の頃だ。私たちをも助けていただいた教授ですよ」

「助けて、頂いた? どういうことですか?」

「私たちは気象シェルターで行われている人体実験のために、連れていかれたところを、あなたの父が所属していた遠征隊員に、助けていただいたのです」

「その際に、ヴェルノ博士のことも」

 と、続けてアニーニャの母親が言ってきた。

「そうでしたか……なら、気象シェルターで行われていることというのはご存じなのでしょうか」

 夫婦は顔を見合わせた。父親が苦い顔で、

「十五年も経っているので、今、どのようなことが行われているのかまでは」

 母親が何かを気づいたかのような顔つきになってハリーを見た。

「ただ……」

「ただ、何ですか?」

 続けて父親が話し始めた。

「ここのところ、あの子ぐらいの子供を連れ去っていくことが、よくあって」

「他にも子供があのシェルターに?」

「アニーニャはうまく逃げ出してきたようですが、他にも捕まっている子をみたと……」

 アニーニャが父親の話していることに補足して、話し出す。

「あのね、地下とは思えないほど広いところにいて、交代で検査みたいなことされたの」

「アニーニャはどうやって逃げて来たんだい?」

 研究施設であれば監視の目もある。彼女だけが逃げることができたというのは、ハリーには少し疑念があった。気象シェルター内に内通者か、協力する者がいなければ、容易にはいかないはずだった。

「アニーニャ、その気象シェルターに誰か脱走を手助けしてくれた人でもいたのか? そうでもないとうまく逃げ出して来れないと思うけど」

「うん、ちょっと怖い顔だけど、やさしいお兄ちゃんが手助けしてくれた」

「そのお兄ちゃんの名前、わかるか?」

 アニーニャは首をひねっている。左右に首を動かし思い出していた。

「番号で呼び合ってたから」

「番号?」

 近くにいたハチェットが耳元で話しかけてきた。

「どうやら、子供たちを人体実験の道具のように考えているようですね」

 番号で呼び合うということは、子供たちをとして見ていなかった可能性があるのでは、とハリーは憤りを感じた。


                   4へつづく


 


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