2-2

 フレデリックと別れ、互いに健闘し、ハリー隊は気象シェルターを目指していた。途中、デバイスで方向を確認する。谷に通じていると思われるなだらかな傾斜のある雪原をゆっくりと進んでいた。しばらく進むと雪に覆われた洞窟の入口が見えてくる。空は暗雲が垂れこめていたが、はっきりと洞窟の形が浮かんでいた。

 近くには人間の足跡と思われるあとが残っていた。大きさから子供と思われる痕跡さえあった。マップをひらき、現在地域と座標軸をハリーは確認した。

「間違いない。ここから気象シェルターに降りられる道だ」

 ハリーはつぶやくと、岩肌のみえる場所まで歩くと、カンテラを吊るした。ほのかに煌々こうこうとかがやく淡い光が、洞穴の入口を照らし出す。辺りを見回し、暗くなる前についてよかったと安堵あんどの顔になった。

「ひとまず今日はここで夜を明かし、明朝から洞窟の奥へ入る」

 ハリーはミューレ、ハチェットに一瞥し、焚き火と寝袋の用意をした。



 翌朝、洞穴には絶えず凍えるほどの風が流れ込んでいく。だが、地上を暴風雪の中で歩くよりは、進むスピードは比較にならないほど速い。明かりを持ちながら、足元を照らし暗闇の中を進んでいく。

 途中、二手ふたてに分かれた横穴もあったが、ハリーの意思で選択し、進んでいった。岩肌が露出し、天井が見えないほど高い空間が広がる地形にでる。歩くには困難を極める小石が足場を埋め尽くしていた。

 フレデリックからもらった装置を手にしてハリーは空間の地形を調べ始めた。人間らしき複数のサーモグラフィが表示される。だが、トグルグリムデッドの可能性もあった。体温表示が異常に低い数値として蒼く表示されていたからだった。

「この先に複数の人間と思しき反応がみられる」

 ハチェットとミューレに一瞥する。

「トグルの集団でしょうか?」

 ミューレ隊員がつぶやいた。

「この距離ではまだわからないか……ハチェット、ミューレ、警戒して先に進もう!」

「はい!」

 ふたりは同時に言葉を返した。

 ハリーには一抹の不安があったものの、隊長としての自覚を認識していた。慎重に進むべきか、なにか事前に調査をして臨むべきか。

 以前、ロウから聞いたことを思い出していた。


『ハリー、どんな時も事前に調査は必要だ。だが、最終的に判断するのは自分の持っている本能だ。何かに迷ったときは直感を信じろ!』


 明かりを照らしつつ先へと進む中、岩場の上の方で影らしきものが動いた。その直後だった。複数の小石が転がり落ちてくると同時に下敷きになればひとたまりもないほどの大岩が、ハリーたちが歩いている真横から転がり落ちてきた。

「隊長!」

 先頭を歩いていたハリーが下敷きになるのをかわし、ハチェット、ミューレが大岩から退く。大岩を隔ててハリーはひとり取り残されてしまった。

「隊長! 無事ですか?」

 態勢を立て直すとハリーは、ミューレの叫び声に答えた。

「ああ、なんとかかわしきれた。そっちはどうだ?」

「ハチェットが脚をひねったようです」

「ルートを見つけて、そっちに行く手段を捜す。そこで待機していてくれ!」

「わかりました」

 荷物からライトスティックを取り出すと上方へとハリーは掲げた。周囲は露骨に見える岩が辺りを埋め尽くしている。なんとかしてハチェットたちと合流して先に進みたいところだが、身長をゆうに超える大岩が転がり落ちてくるのはハリーには不自然に感じた。


(上の方で影が横切ったのは……)


 足場を確認しながらハリーは上方にある横穴を目指した。下方にみえるハチェットたちのいる明かりがほのかに見える。スティックを横穴に近づけたとき、中から子供の叫び声が聞こえてきた。

 複数人の人影がハリーの持っているライトスティックによって浮かびあがる。一際、身体をもがいている影が彼の眼にはいった。誰かが連れ去られようとしていたのだ。無理やり連れ去られようとする人間は、子供のように見えた。ハリーはすぐさま追いかけた。

 三人組であった。男たちにハリーは叫んだ。

「おい、その子供をどうするつもりだ!」

 三人の中のひとりが、ハリーに気づき気合と共に襲いかかってくる。分厚いフードを頭からかぶり、顔が見えづらい。だが、明らかに人間だった。素早く身をかわしたハリーは、連れ去られようとする子供の方へと走り、戦いを挑んだ。足場は決していいとは言えない状況で、ハリーはバランスを正確にとり、薄明かりの中で僅かな空気の震動を察知し、相手の攻撃を一瞬のうちにかわした。

 相手の男は、別の男にハリーには理解しづらい言語で会話をした。ハリーは、会話の内容がわからないまでも、別の男たちの行動によって理解できた。男たちは子供を放置して逃走を始めたのだ。男たちが去った後、ハリーはゆっくりと子供に近づいた。子供は女の子だった。何かをがされているのか意識を失っているようであった。

 ハリーは、彼女の肩をゆすった。

「おい、しっかりしろ!」

 荷物の中から耐冷シートを取り出し子供に被せる。洞窟内とはいえ息が、白く凍えるほど寒い。絶えず冷たい風がハリーの肌に刺さってくる。本当にこの子供が岩を落としたかはわからないが、洞窟内に住人がいることはたしかだ、とハリーは考えた。

 少女はゆっくりと目を覚ましシートがかかっていることに気づいた。

「わたし……」

「気がついたか?」

 少女はハリーをみるなり一瞬怯えた表情へと変わる。だが、シートが掛けられていることを意識すると、

「あなたが……わたしを……?」

「助けちゃいけない理由なんてないだろ。ま、襲われる理由を君から言ってくれれば願ってもないが」

 少女は黙っていた。自分が襲われ、連れ去られようとしていたことを意識したようだった。

「ありが、とう……」

 小声で少女はつぶやいた。

「俺はハリー。ハイリン・ヴェルノという。イプシロンシェルターから来たんだが」

「ヴェルノ……? 遠征隊の人、なの?」

「あ、ああ、よくわかったな」

 拍子抜けした表情でハリーは少女をみた。ショートヘアのブロンズにリンの面影を重ねていた。まだ幼いがリンのように芯が強そうな女の子だとハリーは思った。

「君、名前はなんて言うんだ?」

「アニーニャ。アニーニャ・ヘレン」

「よし、ヘレン。俺が縦穴から来たのはわかったよな? 理由が理解できるよな?」

「うん、わかるけどその前に……」

 ハリーの表情をじっとみると、アニーニャが真顔で語気を強くし訴えかけてくる。

「わたしはアニーニャよ! ヘレンとは呼ばないで!」

 強気の彼女に圧倒され、ハリーは語気を柔らかくして、

「わかったよ。アニーニャ。理由を訊かせてくれないか?」

「ごめんなさい。暗かったし別の人たちだってわからなかったの」

「岩を落としたことを認めるんだね?」

 少女はコクリとうなずいた。

「わたしを追って来たものと思って、気象シェルターの連中だと勘違いしたの」

 勘違い、と驚いた表情をする。

「すると、さっきのやつらが?」

「多分、そうよ」

 少女の顔がにわかに曇っていく。

「何か訳アリみたいだな。話してくれるか?」

 アニーニャは黙ってうなずいた。



 


                     3へつづく


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