主人公:ハリー編 PART2

2-1


 競技場の跡地から三日。ブリザードがおさまりをみせ、ハリーたちは第二のチェックポイントであるショッピングモール跡地を目指した。穏やかな日は、長く続かず再び風雪が強まり始める。早朝から歩き始めていたハリーは、薄暗くなるころに雪に埋もれた建物を発見する。動かない脚の気力を振り絞って建物に近づいていった。かつての栄えていた巨大な商業施設の痕跡は、微塵みじんも感じられない。店の天井、エスカレータ、内部の通路にまで雪が侵入していた。

 日が暮れる前に施設の内部に到着した。ハリー一行は、すぐさま凍えた身体を温めるため、携帯用の暖炉を円形状に数か所配置していく。数時間後、暖炉に温まった雪がとけ、近くには水たまりができ始めていた。

 円形状に出来上がった範囲にそれぞれがテントを張り、外に暖炉の監視員を配置する。テント内部では、僅かな食料を口にしながら、ハリーたちはそれぞれに自由な時間を過ごした。

 翌朝、フレデリックによってハリーは起こされた。

 デバイスと旧世代の地図を併せ持ち、フレデリックが3Dマップを簡易デスクに設置する。

「ハリーくん、今後の方針を決めるぞ」

 ハリーは抑揚のない顔でフレデリックを見た。

「今いる場所がかつてショッピングモールだったところだ」

 地図上にあった商業施設の場所を指し示した。

「おれたちが目指すのは、かつて海岸だった浜辺から内陸の方に位置するここ、気象シェルターだ」

 フレデリックは渓谷の中心にあった施設を指さした。隊員たちを一瞥すると、

「第一チェックポイントでも話したように、あの場所は、ローシェルターの監視下にある。そこでおれは考えたんだが、に別れようと思う」

「えっ、二手に?」

「おれとトウダイ、ウダイがローシェルターに向かい、ハリーくんとハチェット、ミューレが先に気象シェルターの近くにあると思われる崖に向かってほしい。おそらく洞窟が近くにあるのだろう。電波が微弱だが、人がいることは確実だ。できるのであれば気象シェルターの周囲の調査を頼みたい」

 ハリーは深刻な顔になった。

「ハリーくん、お前はまだ先が長い。判断の良し悪しはともかく、隊長としての実績を積む必要がある。それには、己自身の信念の行動を判断しなければならない」

 ハリーは黙っていた。

「この先、何があっても希望を持つんだ。生き延びることが、君の大切な使命でもあることを考えろ。いいな」

 フレデリックは彼の肩を軽く叩いた。

「フレデリックさん……」

「おれは後々のことを考えて二組に分けるんだ。おれに何かあっても動けるように」

「もしかして、ローシェルターのことを?」

 フレデリックは否定せず首を縦にした。

「おれ自身、今の地球の現状にあるシェルターはほぼ訪れているつもりだ」

 黙り込むハリーに、彼が首を傾げた。

「問題でもあるか? ハリーくん」

 ハリーが随分前から気になっていたことを訴えかける。

「フレデリックさん、あなたと会って旅をしているうちに、ずっと疑問に思っていたことがあったんだ」

「ん?」

「あなたが、少なくともこの世界の人間ではないということを」

 フレデリックはハリーの言葉にうつむいた。

「あなたは、のもと、動いているのですか?」

 ふむ、とひと呼吸おくと冷静にハリーをみた。口をつぐんだまま笑みを浮かべた。いつか訊かれると覚悟していた様子にである。

 ハリーはフレデリックの真意が聞きたかった。

「どうやら、出発する前に君に言っておく必要があるようだな。ただ単に、ドームシェルターで地下通路の案内人をしていたわけではない。必ず訪れるであろう君を待ち望んでいたんだ」

 真剣な眼差しでハリーに向き合った。

「俺を……?」

 フレデリックのひと言一言が胸の内にひびき渡った。




 改まって携帯暖炉の近くで座って話を始める。

「君のいう通り。おれは。ある目的をもってこの時代に到着した」

「やはり……」

 フレデリックはうなずき、話をつづけた。

「おれは、もともと本格的な氷河期に覆われる直前の世界からやってきた。だが、トラブルがあり、当初の目的が果たせていない。なんとしても、君の父親が手がけようとしていると考えている」

「なんだって?!」

 フレデリックの言葉にハリーは驚きをあらわにする。父親が進めているという研究を阻止しようとする彼の言葉に疑念をいだいた。

「君はいま、頭が混乱しているだろう。本来ならば父親に会い、親の手がけている研究を手助けしようと旅立っているはずだ。だが、おれはその研究を潰そうとしているわけなんだ」

 フレデリックの言う通りハリーは混乱していた。手紙に書かれていた人工太陽の研究、そして彼のいう人工太陽計画の反対。真逆の立場を自分はどうすればいいのか、どう判断するのが最良なのか、俯き考え込んだ。

 ハリーはふと気づいた。

「待って下さい。あなたにはまだ父の手紙を一度も見せてない。それなのに、太陽計画のことや俺が父の手紙で旅立つことも、すでに知っていた? どうやって知ったのですか?」

「疑問ができて当然と思うだろう。君のことも、君のお父さんのことも調べ上げたうえでのこと。当初の目的というのは、少なくとも、この時代に来る前までは……」

 ハリーは、フレデリックのという言葉に憤怒の顔へと変化する。ますます混乱した表情で、口調を強めフレデリックに詰め寄った。

「どういうことですか? 父が……父が、研究のリーダーになったとでも言うんですか?」

 三十を迎えようとするフレデリックの胸ぐらをつかみにらみつけた。

「少なくとも、、となっている科学者だ!」

「関わったひとり……。なら、父を殺す理由にはならないでしょう!」

 フレデリックはハリーの反論に何度となくうなずきをみせた。

「君が憤るのももっともな話だ。だが、いなくなっても根本的な問題解決にはつながらない、殺害は適切ではないと考えた」

 ハリーは、胸ぐらを掴んでいた手を突っぱね自分の興奮を抑えようとフレデリックに背中をみせた。

「だからこそ、おれはこの時代に来て、各シェルターの現状や環境から情報を集めることにした。アンソニー博士が、のでは、という確証がほしかったんだ」

 振り返りフレデリックをみた。

「それが軍をも動かす組織だと?」

「ああ、そうだ。君の幼馴染だったフリージアに話を聞いて、だいぶ確信が固まってきた。人工太陽計画に関する何かがもしかすると、緑の地球に戻す以外に、もう一つの側面、として世界を掌握する目的で使われるのではないのかと考え始めたんだ」

 フレデリックの飛躍する話に、自分の中で解釈しなげかけた。

「つまり、フレデリックさんのいう、が狙っているものというのは、もう一つの側面で、なおかつ」

 少し興奮気味にハリーが、

「それが、人工太陽の素材であると?」

 と問いただした。フレデリックは静かにうなずく。

「つまりはという可能性がある。宇宙開発を本格化するためには、地球資源ではまず足りない。地下に眠る未知のレアメタル発掘権利と独占とも考えられる」

「そんな……権利の独占なんて。地球の環境を戻すことが先なんじゃ」

「独占支配は早いも遅いも関係ないのさ。文明が滅んだ今。準備ができる段階から始まっている。むしろ、早い方が有利になる」

「まさか、あなたは、すでに始まっていると考えているんですか?」

 一瞬黙り込むとフレデリックは再び口火を切った。

「それなんだが、君はが作られた理由というのを知っているか?」

「たしか、旧世代のビデオで見た説明だと、昔は、と言われたために、人工的に気象をコントロールすることを思いついた。そして、宇宙ステーションとの中立場所として建設されたという事だったと思います」

「うむ、おおむね合っている。しかし、それはFront End Centuryフロントエンドセンチュリーと呼ばれた西暦二千年前期後半ということだ」

「FEC? というと、シンギュラリティが始まったころということですか?」

「そうだ。各国が競うように宇宙ステーションの建設を始めた頃だ。最盛期には、地球の周回上に五基以上のステーションが作られていた。だが、予測していなかった隕石の墜落によって、現在残っているところは一基のみになっている」

「すると、いまだに独占欲を維持している者が?」

「ああ、君の予測通り、独占欲を維持する者たちの仕業ということも考えられる」

 フレデリックが一瞬しわの濃くなった表情でうなずいた。

「これから行こうとする気象シェルターも、そして、ローシェルターもその独占権利を維持した者が、管理をしている場所にあたる。おれも一筋縄で行かないことは覚悟しているつもりだ」

 ハリーはフレデリックの話を聞き、自分のなすべき重さを改めて知った。父親のこと、人工太陽計画のこと、気象タワーの設置された理由によって、今の地球環境ができ上ってしまったことに人間の業が、複雑に絡んでいる。自分の成し遂げようと試みていることが、いかに巨大な人間の欲の塊なのでは、とこの上ない覚悟をきめた。


                   2へつづく

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