2-12


 キャンプ地の近くに咲いている蛍光花をみながらリンは急いでいた。テントの中に入ると、奥に設置されたベッドからロッジとロウの会話が聞こえてくる。

「戻りました」

 ふたりはリンの姿に気づく。

「隊長!」

「おお、リンくんか……」

「ロウさん、気がつかれたのですね」

 ベッドに座っていたロウがひどく疲れた表情をしている。生気が抜かれたかのような体つきになっていた。

「ロウ、さん……、いったい、何があったのですか?」

「テントの中で寝ている時に、大量の植物が襲いかかってきて……、気がついたら、あの場所にいた」

「寝ている時に襲ってきたのですか?」

「ああ、あの植物はすでに、ここの存在を知っているようだった」

 ロッジは疑念の顔をリンに向ける。

「植物にそんな記憶能力があるんでしょうか?」

「あり得ることだ。同じ生物なら生存本能のために発達していても、なんら不思議はないと思う。それに、ボクが奥まで見に行った先にゲートが閉じられた場所があったんだ。通常の植物と違い、たかい知能を持っていることから考えて、かなり厄介な植物のようだ」

 ましてや、奥に進んだゲートを塞いでいるところからすると、行く手を阻む手立ても考えることができるほどの知能を持っているのだ、とリンは苦笑の混じった顔をした。

「リンくん……来てくれ」

 ロウはよろめいた身体で研究部屋の中に入り手招きをした。厳重に保管された研究素材をしまっておけるチェストボックスから十五センチ四方のケースボックスを取り出す。中には丁寧に五センチほどの筒型のプラスティックカプセルが八本入っていた。その一本をリンとロッジに見せると説明を始めた。

「植物の成分にやはり、人が手を加えた痕跡があった」

 ロッジが疑念の表情を浮かべた。

「それって、どういう……?」

「遺伝子操作だ」

 リンがロッジの疑念にこたえた。

「人の手で都合のいいように潜在能力を引き出してしまった、と言った方がわかりがいいかもな」

 うむ、とロウが頷き説明を続けた。

「このケースカプセルに入っている薬剤は、植物の枯葉剤の成分を入れてある。ただ、これですべての植物が枯れるかは疑問だ。その時には……」

「燃やすしか……」

 ロウは俯きざまにうなずく。

「爆発させるにはリスクがある。燃やすとなれば酸素の確保が必要になる。近くに地底湖でもあればいいが、密閉された空間だから逃走路もあると安心かもな」

 突然、ロウは激しくせき込みだす。

「ロウさん、大丈夫ですか?」

「すまんが、すこし横にならせてもらう。ダウヴィのことは頼んだ」

 激しい咳をしながら、ロウはベッドのある部屋へと引き返した。

「ロウ隊長、大丈夫でしょうか……」

 心配するロッジの表情に深刻な顔でリンは話しかけた。

「ロッジ。彼には悪いが悲嘆している場合じゃない。あまり、時間は残されていないそ。ロウさんは、ここで安静にしていれば大丈夫さ。だが、それよりも、ダウヴィさんたちが、連れ去られてからかなり経っていることが気がかりなんだ。急がないと手遅れになるかもしれない」

「それじゃ、すぐにでも急がないと……」

 ロッジは必要そうなものをかき集め、サックの中へと次々放り込んでいった。



 洞窟内部での時間の流れは、キャンプ地の近くに群生する蛍光花と呼ばれる植物の一日の周期である程度の時の概念がわかる。地下を流れる川のせせらぎとともに蛍光花のつぼみが咲きはじめる。

 リンは今が午後の三時ごろだと推察した。旧市街地の内部が一番明るい時であった。普段はかれ果てている蛍光花も一斉に見ごろを迎えていたからだ。

 リンたちは、再び研究施設のある通路を通り、巨大なゲートへと向かった。数メートルはある巨大さにロッジは天を仰いだ。

 格納庫に匹敵するほどの空間内に分厚い扉が行く手を遮っている。

「リン隊長、いったいこんな巨大なものをどうやって先人は作ったのでしょうか?」

「そんなことを今は議論している場合じゃないんだ。テクノロジーの進歩なんてものは、人類が生きるためだけにあるようなものさ」

 ゲートの隙間からみえる分厚い根は、スティックライトに照らされ動いたかのようにリンにはみえた。

「ん……?」

 覗き込もうとしたとき、黒く細いものがゲートの隙間を通り、明るく照らされた手元に向け飛んでくる。とっさにリンは、間一髪常態を反らし後ろに退いた。

「ロッジ、気をつけろ! ゲートに近づきすぎると植物の餌食になる」

「えっ?!」

 ロッジは驚きの表情になる。

「ゲートの中の植物は光に寄ってくる習性がある」

「じゃあ、どうやって……? まさか?」

 リンは笑気の表情で口角を上げた。

「ああ、さっそくロウさんの発明品を使ってみようじゃないか!」

「リン隊長、今使うのは……」

「この暗がりでは、捕まってしまうのは目に見えている」

「しかし、中にいるダウヴィ隊長たちに」

「わかっている。最小限に抑えるさ」

 リンには一か八かの賭けだった。ケースから2本の枯葉剤を取り出し、ゲートの隙間から一本を投げ入れた。そして、電気系統の真下にあった穴からも一本投げ入れる。

「マスクを!」

 枯葉剤の改良版の植物を枯らす薬剤が、人体に影響が必ずしもないとはいえない。なにかしら細胞レベルで傷がつけらてしまうと考えた方がいいのだ。だが、リンには、人体の影響よりも植物が、人類に被害をもたらす拡大をふせぐ方を優先させた。

 もし、ダウヴィらが生き残っていたとしても、散布による被害を被ることは確実であった。



 三十分、一時間と時間が過ぎる中で、植物の根がだんだんと窶(やつ)れていく姿をリンは、確かめた。枯葉剤が植物に効いている証拠だった。

 時間を見計らい、根が生えていたところからリンとロッジは中へと入っていく。あたりには枯葉剤の煙がまだ残っている。周囲をライトスティックで見回すとかれ果てた根が散乱していた。やつれた根の先に通路が奥へと続いている。

 マスク越しにロッジが通路を指さした。

「リン隊長!」

 リンが通路へ赴こうとしたとき、細い根がリンの首に巻きついた。死に絶えていた植物が、最後の力を振り絞ってリンの首に巻きつき道連れにしようとしていた。

「た、隊長!」

 リンは、なんとかして根の巻きつきを解こうとするが、巻きつきに余力があるのか強い巻きつきに抵抗ができない。

「ロッ…ッジィ!」

 彼女のもがく姿にロッジが、小型のナイフで根を斬ろうと試みるが、あまりの分厚い根に苦戦し、歯が立たなかった。

 リンは死に物狂いで腰に備え付けていた銃を取り出し、ロッジに手渡した。すぐさまロッジは、根に銃口をむけ引き金を引いた。銃声が周囲にこだまする。数発ののち根が断ち切れた。

 すぐさま、リンは巻きついた根を解くと、むせかえりを起こしながらその場にふさぎこんだ。

「隊長、大丈夫ですか?」

「油断した! まさか枯葉剤で息絶えたと思っていたけど」

「隊長、まだ油断はできませんよ」

 ロッジの指さす方へと赴く。奥に続く通路が闇で、覆われほんの少し仄かな明かりがみえた。蛍光の緑色の無気味な色だ。ロッジが明かりに気づく。

「……? なんだ?」

 緑色の蛍光色が徐々に増え始める。奥の方でうごめく影があった。

「ロッジ、警戒しろ!」

 無言に返事をし彼はつばを呑みこんだ。

 リンは発煙筒をバッグからとりだすと火をつけ、通路に放った。通路には分厚い根が敷き詰められ壁づたいにも根の一部がこびりついていた。

「奥の方まで枯葉剤が蔓延しなかったみたいだ!」

 突然に、男の絶命した悲鳴が反響して聞こえてきた。ふたりには聞き覚えのある声だった。

「隊長!」

「この声は……」

 こだまが消え、静寂が通路に訪れた。

 リンには悔しがっている場合ではなかった。何としてもバイオプラントによって暴走した植物を止める必要があると、警戒心を緩めず前へと進んでいく。

「ロッジ、ボクが前を行く。あとからついてきて!」

「はい!」

 ふさぎ込みそうになった顔を上げ、ロッジが叫んだ。

 生きていてくれ、とこの言葉だけがリンには足を進める原動力になっていた。

                    13へつづく

 

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Snow Dystopia 第三部 芝樹 享 @sibaki2017

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