2-13



 通路を進んでいくと発煙筒を次々と放って行く中で、複数のキラープラントが襲いかかってくる。リンとロッジは、そのたびに枯葉剤を使用した。

 進んでいく中で緩やかな下り坂へと通路が変わっていく。通路のいたる所にミイラになったと思われる人間の遺体が無残に散乱している。五十年以上は経過しているであろう白骨化したものだった。どこからか湿った煙が、坂道の通路を下る中で立ち込めてくる。

「やけに蒸し暑くなってきましたね」

「湿気を好む植物もあるからな」

「隊長、どうやってそんな植物がいることを? もうここ数十年地上だとそんなところなんて」

 ロッジの指摘したことにリンは少し戸惑った。

「ああ、いや、前にハリーから聞いた話さ。彼は、氷河期になる前の世界をビデオで見たことがあると言っていた」

 彼女の答えにそっ気のない返事をロッジはした。

 リンは自分が住んでいた場所のことは、口を噤んでいた。ましてや、タイムマシンに乗って、この時代に来た、とロッジに話したところで、やはりハリーと同じように、信じてもらうまでに時間がかかり、骨が折れることだと黙ってしまう。ハリーには話したが案の定、彼もいまだに過去から来たことを疑っている節がある。

 通路を照らし出す中に、大きいサックが転がっていることに気づいた。ロッジは見覚えがあるのかサックに近づこうとする。

「あれは!?」

「近づくな! 罠だ!!」

 リンが激しく声を発した。その警告にぴたりと立ち止まり、すぐさま後ずさりした。

 同時だった。暗闇からするどい触手がロッジの右脚に絡みつく。一瞬だった。ロッジは暗闇に引きずり込まれてしまう。

「た、隊長!!」

「ロッジィィ! マスクして待ってろっ!」

 繰り返しさけぶロッジの大声が、暗闇に反響する。植物の這いずる音とともに、坂を下っているようだった。



 リンは警戒しサックを引き寄せる。

 中を調べると、黄色い液体のビンが数本みつかる。リンは、ふたを開け、匂いをかぐ。ツンとくさい匂いが彼女の鼻につく。ガソリンだった。


 やはりか……


 荷物の中に紛れ込ませた。そのほかに、火を起こす道具がいくつか入っている。もしかすると、植物を焼こうと考えていたのかもしれないと、サックの中身の道具から推察した。

 腰にライトスティックを差し込み、リンは周囲の警戒をしながらゆっくり進んだ。

 次からの戦闘は、枯葉剤がまともに使えない。なんとか、ロッジを助け出しマスクで防御させたうえで、枯葉剤を散布しなければ、彼女には不安がぬぐえなかった。 暗闇の坂道がおわり、この世のものとは思えない食虫植物の化け物が目の前に現れる。天上まで伸びる蔓や根が、壁を埋め尽くしていた。その中に、仄かに明かりが輝くところがあった。その真下には、人間の顔が植物の中に埋められ、身体が暗闇に隠れまったく見えない。まさに植物の一部と化していた。その顔はリンにとって知っている人物、まさしくダウヴィだった。

「ダウヴィさん……」

「リン……か?」

 か細い声でダウヴィは、リンの声に反応した。

「ダウヴィさん、しっかり! 助ける!」

「オ、オレは……もう、だめだ。た…のむ、ミネ……ルヴァ、を」

「ミネルヴァ? ダウヴィさん、【ミネルヴァ】って誰なんだ!」

「ウォ、ウォルターに……つれて……」

 トゲのある茎がダウヴィの顔めがけて飛んできた。衝撃によってダウヴィは気絶してしまう。

「ヴォルター……? だと?」

 リンはその場で意味深に考えていた。次の瞬間、複数のトゲ付きの茎が彼女に襲いかかってくる。

「たいちょう! 気をつけて!」

 その声に反応し、リンは寸前でかわした。倒れ込みながらもうまく受け身をとり立ちあがる。

「ロッジか」 

 どこからか、ロッジの声が反響音になってリンの耳に聞こえてきた。

「ロッジ、どこだ! どこなんだ!」

「隊長の頭上です!」

 明かりを頭上に掲げるとロッジが根に捕まってもがいている。

「隊長、気をつけて下さい! この辺の根や茎は、意志を持っています!」

「そんなのわかってる。お前はなんとかして枯葉剤の範囲の届かないところまで逃げるんだ!」

 リンは叫ぶと僅かな明かりをたよりに、植物の本体を探すため周辺を見渡した。

 蔦がひしめき合い絡みついている。足音とは違う這いずる音がそこら中から聞こえてくる。


 シュシャシャシャシャ……シュシャシャシャシャ……


 闇の中にいくつもの影がうごめくのを彼女はみた。ライトスティックの明かりに照らされている。いつの間にか大量のキラープラントにリンは囲まれていた。


(なにっ……)


 逃げ場のない中で、リンは不気味に笑いをみせる。かいくぐることも不可能なほどキラープラントの大群に囲まれていた。彼女はその場にたたずみ目を瞑る。絶体絶命でありながらほくそ笑んだ。もはや抵抗する意思が彼女にはなかった。


(万事休す……か……。ライン博士、成し遂げられなくてごめんなさい……)


 無数の茎と根がリンの身体に近づこうとしている。





「リーン!」

 ロッジとはちがう叫びが彼女の真上から聞こえてくる。天上の暗闇にまぎれ人影が横穴からジャンプする姿をリンは目の当たりにした。

 ズンッ、という轟と共に彼女よりも数十センチの身長の差がある大女が白い包帯と共に舞い降りてくる。まだら模様の軍服を着こなしている。

「あんた、リンさんだね」

「あなたは?」

 リンは巨体にみえる背中に語りかけた。

「話はあと。一気に片づけるよ!」

 吠える大女の威勢が一瞬だが、キラープラントたちをひるませた。トゲのみえる茎や根をねじ切り、サバイバルナイフで片っ端から切り刻んでいく。

 負けじとリンも大女の迫力に圧倒されながらも、大群のキラープラントに立ち向かっていった。

                         14へつづく

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