2-14
植物の切れ端の散乱するなかで、片付いたのを見計らい、リンは大女に話しかけた。
「すまない。助かった。あなたはどうしてここへ?」
「キャサリンと知り合い、といえばあんたにはわかるかい?」
思い出していた。キャサリンからエルシェントを迎えに行くときに、隊の副隊長を任されていた大女の存在を。彼女がそうなのだとリンは確信した。
「キャサリン? ひょっとして、彼女と鉱山跡地まで一緒だったっていう?」
大女が頷いた。
「私はエルシー。ハリーやあんた、ロウさんのことは彼女から聞いてるよ! イプシロンからの帰り道だけどね。ロウさんから懇願されてね! 『地下の実験場跡に行ってしまった無鉄砲者を助けてやってくれ!』って言われてね」
『無鉄砲者』というのは、おそらく自分のことだろうとリンは思った。
「あらかたキラープラントは片付いたようだね」
「エルシー、油断はできない。まだ一番奥に大物がいる」
「そうだね。こういうところには大物が蔓延っているのは、常識だからね」
エルシーが天上に向かって明かりを照らした。
「あんたが、ロッジだね。ロウさんから聞いているよ!」
「ロッジ、いま、下ろしてやるからな!」
ロッジに結わいつけられている蔦と茎をたどり、エルシーはサバイバルナイフで奥に繋がっている根を斬った。斬られたことに反応し、彼に縛られていた茎に力がなくなったのか、地面に落下した。
「ロッジ、ついてこれるか……」
リンが彼を見て言葉を放った。
ロッジは苦笑いしつつも、親指を立て『ついていく』というサインをリンに向ける。
リンは安堵の表情で、
「エルシー、行こう!」
とだけ言うと、分厚い根をたどり奥にみえる通路へと進んだ。
いくつもの実験室とみられるドアを通り過ぎ格納扉のみえる一番奥を三人は、警戒しながら進んだ。いたる所にみられる蔦や葉、そして、どこから生えているのか雑草までもが通路の床の隙間から生えている。
どこかに地下水が流れているのだろうか、と歩きつつリンは思った。
最奥の格納扉は、かつてオートロックで封印されていた場所らしく、厚みのある扉であった。だが、いまはいたる所に根と蔦、茎が長い年月をかけ、扉としての役目を果たせていない。
「どうやら、ここが大物のいる場所のようだね!」
「隊長、エルシーさん、防護マスクを」
ロッジは防護マスクを手渡し、自分も装着する。
ドアの隙間に手を入れ、渾身の力を込めてロッジとエルシーが格納扉をあける。
僅かに動き出す扉から太い根があらわれはじめた。たこ足のように次から次へと這い出てくる。
リンはケースから三本枯葉剤を取り出し、扉の隙間から放り投げた。
瞬く間に分厚い根が、僅か数センチの根にやせ細っていく。三本のの枯葉剤の効果が効いている証拠であった。
「ロッジ、エルシー、頼む!」
彼らが力いっぱい扉を引いていく。
リンには扉の奥にまぶしいほど光っている赤いものが見えていた。それが、まさに彼女にとって追い求めていた一つだった。
(間違いない。タイムマシンのエネルギー源になる鉱石だ!)
リンにとって、この世界に降り立ったそもそもの目的のひとつは、タイムマシンの修理とエネルギーの確保だった。そのためのエネルギー源の一つがいま、目の前にあった。
扉を開け切ったとき、現れたのは全長五十数メートルはある巨大な植物の化け物だった。バイオテクノロジーによって生み出されてしまった慣れの果てともいっていいキラープラントだった。
「さすがに三本でも効き目がなかったようだね。枯葉剤はあと何本残っているんだい?」
エルシーがロッジに一瞥して言った。
「あと三本です」
「効いていないようにみえて、効いているさ! ボクたちの最大の武器はこれしかないし、天上が高いとはいえ爆弾を使うわけにもいかない」
と冷静にリンは分析した。
「そうだね。それで、リンのお目当てのものはあったのかい?」
リンは深く頷き、正面の赤く光る鉱石に指を差す。
岩と岩に挟まれ、赤くかがやく原石がその中にあった。長年の経過で岩に埋もれている。だが、うまい具合に亀裂が近くを走っている。
エルシーは懐から登山で使われる小さい携帯用のピッケルを取り出し亀裂に差し込み、掘り出し始めた。ロッジ、リン、エルシーと代わるがわるピッケルを使い、やっとのことで鉱石を採りだす。サックに入れると格納扉から出る間際に、枯葉剤をもう一本放り投げ、扉をしめた。
ダウヴィの隊がロッジのみになってしまったのは、ロウに報告しなければならない。そのうえで、エルシーが仲間に入ってくれればいいのだが、とリンは内心思っていた。
ロウのいるテントまで戻ったリンは、ロウに地下研究実験場で、キラープラントと対峙したことを説明する。これでひとまずは収まってくれるだろうと安堵の顔を浮かべた。
リンはエルシーが荷物を抱え去って行こうとするところを待ち構えていた。
「エルシー、あらためて感謝する。もう、あの時、死ぬ覚悟を決めていた」
「こちらこそ。いい運動になったよ。まだ私は、アルファシェルターまで戻らないといけないところだったんだ!」
「そうか……」
リンはつばを飲み込んだ。
「エルシー、ダウヴィを知ってるか?」
「来る途中で男がキラープラントに囚われていたが、顔まではわからない。何度か挨拶だけはかわしたことがあったぐらいで、あまり憶えていない」
「そうか……」
「みたときにはもう息絶えていた。残念だ! 前にみたときから日ごろから訓練をしているというのはわかった」
「ああ、彼はロウさんのもとで一緒に動いていた。ボクも大して話したわけじゃないので、何ともいえないが惜しい人だった」
「その分、あなたがハリーたちを支えてやってくれ!」
「そのつもりでいる。あなたには、また会いたいものだ! キャサリンも喜ぶだろう!」
リンは手を差し出し握手を求めた。
しっかりとそれに応え、エルシーは力強い握手をした。
「ロッジ、リンをちゃんとサポートしろよ!」
となりにいたロッジに顔を向けた。
「言われなくても、隊長のサポートはしていくつもりです」
実直な顔立ちでロッジは笑みを見せた。
「それじゃ……」
エルシーは荷物を背負って踵を返した。
「ああ……」
去って行く彼女の大きい背中をみて、ロッジと一緒にテントへと向かった。
15へつづく
Snow Dystopia 第三部 芝樹 享 @sibaki2017
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Snow Dystopia 第三部の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます