リン編 PART2

2-11


 ライン博士と合流したリンは、再び地下を通って旧市街地へと舞い戻ってくる。ドームシェルターのヴィルス散布からとても応援を要請できる状況ではなかった。少なくとも、シェルター内で出会ったアスプロ組織のメンバーが、協力してくれることを約束した。

 リンたちはロウの待つ中継地へと急ぐ。地下通路を進む中、彼女はライン博士に事のあらましを説明する。ライン博士もリンの説明をしたうえで、エルシェントと行動していた理由を説明した。

 メモリーチップのデータ内容、ロックファイドマン博士の目的、そして【アスプロ】という組織、すべてにつながる事案を事細かに調査をしたという。

 ドームシェルターのヴィルス散布、地下でおこった植物の巨大化も間接的には、関係しているとライン博士は話した。

 テントの中を覗き込み、リンはロウを捜した。

「ロウさん! 戻りました。リンです」

 テントの中の静けさに、彼がいないことを知った。

「隊長、研究施設の方へ様子を見に行ってないですよね?」

 ロッジの掛け声にリンが、キラープラントのいた場所へと歩き出した。しばらくして研究施設の入口付近にくるとリンが血痕を見つける。

「隊長、これって?」

 ロッジは息をのんだ。

 血の乾き具合をリンは確かめた。

「ここを通過してから、あまり時間が経っていないみたいだ!」

「中、入ってみますか?」

 ゆっくりと施設に続く通路を覗き込み、

「入ったら、見つけるまで出られない覚悟はあるか?」

 とリンはロッジを一瞥した。

「これでも、初級の訓練は受けて卒業しました」

「訓練以上に苦しめるぞ。いままでの基礎は捨てるつもりで挑め!」

「はい!」

 リンが先に入り、ロッジが通路へと続いた。


 通路は、壁一面植物に覆われている。どこからともなく何かが這いずる音が聞こえてきた。水の滴る音やパイプラインの破片がそこかしこに散乱し、リンたちの行く手を阻んでいた。

 スティックライトを片手にもち、天上から足元までを注意深く警戒しながら奥へと進んでいく。

「ロッジ、足元、気をつけろ! 根が至る所を覆っている。転ぶとやっかいだぞ!」

「かなり瓦礫が散乱していますね。地下水が流れている個所もある」

「使われなくなってから、何度か地震があって崩落した場所もあった感じだ」

「植物の根がこんな地下に広がっているなんて……」

 周囲を見渡したロッジは、いたる所にある植物の根に驚きを隠せないでいた。根本にいる根の主はとてつもない大きさなのではないか。彼は、不安が増大しそうな武者震いが全身から駆け上がってくる感覚におそわれた

 しばらく進むと人工的に作られたとみられる実験室の扉が現れた。だが、無残にも破壊され、扉という機能を失っているようにひしゃげている。

「ロッジ!」

 叫ぶと、リンは扉に向け指を差した。ロッジは頷き、ゆっくりと扉に向かっていく。扉の細い隙間を通り、中へとロッジがはいった。ガタリという音とともに、

「隊長、リン隊長!」

 大声がリンの耳に届いてくる。リンは素早く細い扉を通り、中へと入った。

 血痕がいたる所に残り、植物の体液と思われる白い液体が壁にまとわりついていた。血なまぐさと植物と思われる匂いが、湿度のある部屋に充満していた。一人の男が仰向けに倒れていた。

 おそるおそる近づいたリンは、見覚えの顔に驚く。

「……! ロウさん! ロウさん!」

 抱き起こし壁に寄りかからせた。急いで脈をとり生きているかを確認した。リンは心臓の鼓動が動いていることを感じた。一安心の表情をする。

「リン隊長! 見て下さい!」

 腕には小さい針で開けたほどの血豆があった。

 奥には更に扉が見える。だが、溶解液で溶かされた大穴が開いている。暗闇からみえる室内には、割れたガラスケースと数体の植物が何かの溶液に入れられ眠っているようであった。

「誰かが植物を意図的に……?」

 光景を目撃したロッジが室内の様子を窺う。

「あるいは、植物の意志がそうさせたかも……」

 リンの発言にロッジが眼で疑いをみせた。

「えっ!? まさか……」

「ただ、旧市街地にきた植物とはまるで大きさが違う」

「確かに……」

「旧市街地に襲ってきた植物は、こんな実験室よりも数倍大きかった」

 ロッジが空間を計るように天井を仰いだ。天井の高さは、彼が思いっきりジャンプをすれば届いてしまいそうなほどの高さである。

 危険なことがないことを確認すると、リンはロッジに顔を向け、

「ロッジ、ロウさんを旧市街地のキャンプ地まで運んでおいて! どうしてここまで来たのかが知りたい」

 といった。

「隊長は?」

「もう少し奥まで行ってみる」

「隊長、くれぐれも気をつけて下さい!」

 実験室の目の前の通路で別れたリンは、更に奥へと進んでいく。ロウを背負ったロッジを見送ると踵を通路の奥へとむけた。


 通路のいたる所には小さい穴や何かが這いずった跡がそこかしこにみえる。糸を引くほどのぬちゃりとした白い液体が覆っている場所もあった。

 リンは腰から拳銃を取り出した。

 通路の奥の方から男の叫び声がかすかだが、空気の震動に乗って聞こえてくるようにリンは感じた。

 通路にある瓦礫を乗り越え進んでいくと、巨大なゲートがリンの目の前に現れる。明らかに人工的に作られた電動式のゲートであった。ライトスティックに照らされ、いたる所に太い植物の根がみえる。ゲートは三分の二が閉じていたが、残りの隙間から植物の根が外に這い出ていた。わずかな隙間からゲートの内側がみえるが、明かりがあるわけでもなく、漆黒の闇に覆われていた。

 またも人の悲鳴と思われる叫び声が聞こえてくる。だが、すぐに掻き消され声は消滅した。


 リンはゲートを開けて内側に行こうと試みるが、電気系統が完全に機能していない。周囲をみまわすと、植物と人がやっとひとり通れるほどの穴が右下にあった。だが、太い根が進む道を阻むように邪魔している。

 リンには、ダウヴィが奥を目指した理由がわからなかった。リンはゲートのレールをみた。植物の千切れた跡や燃やした跡、溶かされた跡が無数に落ちている。

 ゲートの三分の一ほどの隙間には分厚い根が行く手を遮っている。

 リンには嫌な予感がした。このままゲートの中を進むのは、無謀といえる。植物の餌になるのではないだろうか、旧市街地での襲撃、ダウヴィたちの研究施設への行動、そして、ゲートの奥から聞こえてくる人の叫び声、植物が知能を働かせ人間を餌にしているのだとするなら、ダウヴィの救出は絶望的になる可能性がある。一度引き返し、ロウの情報を得るため、旧市街地のキャンプ地へ引き返した。


                     12へつづく

 

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