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「それに、ドームシェルターの詰め所にある記憶装置もためしたけど」

 駄目だったとばかりにハリーは首を振った。

「だけど、そうなると、手紙を運んできた男の荷物の中に、キューブデバイスがあったというのは、何か意図的なものを感じるわ!」

「手紙を運んできた男って……」

 リンが顎に手をあて思考している。

「まさか? ハリーに専用のデバイスを渡すつもりだった?」

 小声ながらにリンがつぶやいた。

 彼女の疑問に訝しい顔でハリーがこたえた。

「なにが言いたいんだい? リン」

「ハリー、いまメモリーキューブを持ってきているか?」

 ああ、とバッグから箱型のラジオを取り出した。

「これはあくまでボクの推測になるんだけど、手紙を運んできた男の本来の目的は、メモリーキューブでメモリーチップの管理権を、まるまるハリーに譲ることだったんじゃないのかな?」

「メモリーキューブごとか?」

「でも、なんらかの妨害を受け、手紙を最優先にした、と……」

 と、フリージアが補足して付け加えた。大きく彼女が頷き、ガスターミュが一瞥した。

「なるほど、あり得なくもない推測ですな。ただ、本当にその男がハリーさんの親父さんと深く関わっていることは、聞いた限りではわかりませんが」

「間違いないです」

 ハリーが自信を持ってガスターミュに断言した。

「あの人は死ぬ間際に『ありがとう。博士』と呟いたのです。おそらく『博士』という言葉は、父アンソニーだと、俺は思ってます」

 興味深くメモリーキューブを念入りに調べていたフリージアが、

「ねぇ、ハリー、このメモリーキューブって二重のセキュリティで守られているの? 二重構造のキューブデバイスは珍しいから」


 構造のことを話していなかったハリーが、フリージアの疑問に驚きの表情を浮かべた。ハリー自身もリンに教えてもらうまで、このキューブデバイスが二重構造の特殊なと記憶された声紋で管理され開錠が必要であることを知ったからだった。

「フリージア、なぜ、そのことを?」

 何もかも見透かした笑みを彼女はみせ、

「このキューブデバイス、預からせてくれない? 上手うまくいけば、声紋を上書きしてあんたの声と入れ替えられるかもしれない」

「フリージアさん、そんなことが出来るんですか」

 リンも目を丸くし彼女をみつめた。

「上手くいけば、の話だけど。前にこれと同じものを見たことがあって構造を知っているわ。ただ、その時には、じっくりと現物を見られなかったから、おそらくそのデバイスと変わらないはず。解析するのにちょっとばかり時間がいりそうだけど。やってできないことを口に出すほど、愚かじゃないわ!」

 口角を上げ、自慢げな表情をフリージアはみせた。

「あんたが気象シェルターへ行って、ここに戻ってくる間までになんとかしてみる」

 狼狽するようにガスターミュが言い放った。

「おい、そんなこと引き受けて大丈夫なのか? 歌の練習もあるんだろう?」

「ガスターミュ、あなたに迷惑はかけないわ! 久しぶりに機械いじりがしたくってね。このシェルターって防衛管理がしっかりしているから治安が良くって、かえって退屈なのよ。そうかと思えば、シェルターの外は雪に埋もれているし、地下に潜れば旧世代の狂乱した人間が蔓延はびこっているっていうし」

 間を置きつつもシェルター内での不満を爆発させるように、ガスターミュへ言葉を吐き捨てた。

「かといって、ハリーみたく遠征するぐらいの体力も、気力もない。外部からの情報が数週間に一度入ってくるぐらい。楽しみと言える楽しみがなかったところなんだ」

 ハリーはフリージアに同情した。数十年間、刺激と言える刺激が制限されたシェルター内で彼女はどうやって過ごしてきたのか。外部からの情報を期待していたに違いなかった。それこそ、キャサリンとの手紙のやり取りが彼女を生かしたともいえるかもしれない。

「俺はすこしでも希望があるほうに賭けてみたい。フリージアに預けるよ」

 気象タワーに関する手がかりが少ない中では、やむを得ない判断だと、ハリーは思った。

 次の目的地になるローシェルターとの連絡や情報がないまま、電波塔をあとにしたハリーたちは、フリージアと別れ寄宿舎にもどった。別れ際にキャサリンが意識を取り戻し、会いたがっていることを彼女に伝えた。

 滞在期間の前日、リンが一時的にハリーと離れて行動すると言い出した。ハリーはこの先リンの強さを頼っていた。ここで隊から離れてもらってはトグルの集団に太刀打ちするのが難しくなるのではないか。自分の強さに自信が持てないでもいた。彼女の説得にはホルクとライン博士の言葉があったのだ。調べ物をしていたことが一時的にめどが着いたらしく、滞在期間ぎりぎりになって連絡が入ってきたのだ。

「ハリー、ライン博士とホルクさんに合流したら、ボクも出発するから時間を無駄にしないで」

 彼女の力強い言い訳によってハリーたちは出発した。




 

 灰色の雲が絶え間なく広がっていた。ゴーグル、マスクと防寒着をそれぞれ着込み、アーム型デバイスの方位磁石を何度も確認しつつ、ハリー率いる遠征隊は次のチェックポイントへと向かっていた。雪原のなだらかな地形を見極めつつ、南東を進んでいく。

 降雪が緩やかになり次のチェックポイントである、かつての競技場があった施設の跡地に入った。すでに、競技場の屋根は崩落し、観覧席も見る影がなく機能はしていない。ハリーたちは雪に埋もれた屋根の一部を目印に足場をたしかめ、競技場施設へとたどりつく。

 競技選手たちがくつろぎ、会話を交わしていたロッカールームやディスカッションルームが外部からの風雪、降雪を防いでいた。ひとの出入りがあったとみられる痕跡がわずかに残されていた。ドラム缶の中に火を起こした跡があった。数人の遠征隊員がドラム缶に火をおこし、そこにハリーたちが暖を取り始める。

 建物が雪で覆われ建物に鈍くきしむ音がわずかに聞こえてくる。

 ロウ、フレデリックが目的地である気象シェルターの周辺の地形をハリーとともに確認した。暖のあるオレンジ色のあかりに照らされ、アーム型デバイスの立体マップが神々しく輝いた。

「これから向かう気象シェルターの周辺の地形を確認したところ、かつての海岸線に位置することが分かった」

 ハリーをはじめとして遠征隊員たちが地形マップを注視する。

「かつての海岸線? ですか」

 ああ、とロウが頷いた。

「陸の方が雪で標高があって、海までに高低差が生じているんですね」

 ひとりの遠征隊員が叫んだ。

「そうだ! 最小でも200メートルの低い部分に降りなければならない」

「どうやって降りるつもりですか?」

 ロウが指で地図を指し示した。

「海から渓谷に入る道を進むか、緩やかな地形を探すほかない。ここら辺は、地震が多発するところではないから雪崩の危険は少ないと思うが、海岸線を大回りでも行く方が安全策だな」

 ハリーが立体マップの谷と重なった場所に異様な点を見つけた。数か所にも上る点は、村落の発信電波なのではとロウに質問を投げかけた。

「ロウさん、この谷と並行してある奇妙な点は、どういったものなんですか? 谷の近くに村落でもあるんでしょうか?」

 ロウは細い目で立体マップの点を確認した。

「うむ、多少小さすぎてわかりづらいが、ごくわずかな発信反応かもしれないな」

 フレデリックはマップの点らしきものを確認した。

「微弱な電波のようだな。この地域に逃れた人間が、昔の坑道を利用して暮らしているかもしれない。この辺の地域には、太古の昔に掘られた地下の通路を利用して細々と暮らしている人々がいる、と聞いたことがある」

「じゃあ」

 フレデリックが大きく頷いた。

「ハリーくんの言う通り、坑道かもしくは気象シェルターへ通じる地下への道が存在しても不思議ではない」

 間を置きさらに厄介なことがある、とフレデリックは遠征隊員全員をみながら答えた。

「ロウや君の友人であるフリージアさんの話によると、気象シェルターの中に入るには、ローシェルターにあるセキュリティを解除しなければならない」

「ということは、先にローシェルターへ赴かなくてはいけない、ということですね」

 フレデリックはうなずいた。

「第二チェックのショッピングモール跡地で再度確認するが、とりあえずはショッピングモール跡地が次の目的地だ」

 暴風の音に耳をかたむけフレデリックが苦い顔でしかめた。

「しかしな、すぐに出発するのは難しそうだな」

「そのようですね」

「早くても、このひどいブリザードが落ち着かないことには」

 闇夜が来るにしたがって、暴れまわる風と瓦礫と化した建物の残骸による轟音が、ハリーたちの耳に響きわたってきた。




                      4へつづく

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