試作04号「依頼」

 

 

 グレイとビリジアンの来訪から翌日の午後になった。

 私は店を閉めて、風呂で汗や汚れを落とし自分の家にある中でも上等な服を着て髪を整えた。クリーム色の髪に青い瞳、自分で言うのもあれだが意外とオシャレしたら美人じゃないか、いや妄想だな服が良いだけだ馬子にも衣装という言葉があるように。血迷った考えを持ったのは三徹の小さな後遺症だろう。


 コーヒーを入れて茶菓子としてパンを細切りにしてバターを染みこませたものをオーブンで焼き上げて砂糖をまぶしてラスクにする。

 

「こんにちは」

 

 そうこうしているうちにグレイとビリジアンがやってくる。

 

「はいはい、ちゃんと来やがりましたね」

「You……言葉遣い」


 ビリジアンは眉間に皺を寄せている。姑みたいなやつだな。


「直さねえよ?」

「ふふ、意地っ張りね、よっぽど貴族が嫌い? それともその言葉遣いが好きなの?」


 グレイは特に気にも留めない。ビリジアンを昨日同様になだめる。


「この言葉で10年も生きてる。今更、ご機嫌よう、なんて言ったあかつきには背中がかゆくてしょうがない。毛虫に刺されたときのようにブツブツができるぞ、絶対」

「ふふ、そのままで良いわ、私は私に対する無作法に寛容よ」

「そうですか、公爵令嬢様。それでご用件は?」


 テーブルに二人をつかせたら、お茶とラスクを運ぶ。

 

「単刀直入言うけど、新型の銃開発の依頼よ」

「新型? どのぐらいの性能でしょうか?」

「より長い飛距離、より早い弾込め、言ってしまえば全ての性能を倍以上にして欲しいの」

「具体的なスペックは?」

「さっき言った通りだけど?」

「……例えば、今のフリントロック式だとせいぜい50ヤード、それを60ヤードまで飛距離を伸ばせとか、そういう詳しいスペックだよ」

「うーん、そうね、ビリジアンお願いできる?」

「Yes my lord」

「随分と変わった言葉を使うな、南部訛りか?」

「Yes、少し政治的背景のお話からしてもよろしいでしょうか?」

「わかった。ほどほどにな」


 ビリジアンはこほんと咳払いをして話を切り出す。


「Good、クラレント魔法国はご存じでしょうか?」

「隣の国だろ? 魔法国、その名の通り魔法が中心産業の国でだいたいの国民が魔法を使えるらしいな」

「Yes、クラレント魔法国民は生まれながら魔法を使うことが出来る民族です。対して我々は魔法使える者がおりません」

「なるほど、理解した」

「all right、問題はここ数年の間でクラレント魔法国の技術力が飛躍的に成長、その結果軍事力も大きく発展を遂げ、はっきり言ってしまうとアガスティアの軍事力を上回る状態です。そこで軍備拡張を国政として働きかけたのですが軍事を司った大臣が次々暗殺され、腕利きの武器職人たちも襲撃を受けております。ローゼンタール家の独自調査によって国の重要人物はほとんどマークされていることがわかりました。その中で監視が緩い立場の人間が女性です」

「女性? この国は貴族の当主が女性なんて普通だろ?」

「Good、カメリアさんが仰る通りこのアガスティアにおいて女当主は良くあることです。しかしクラレント魔法国は完全な男尊女卑社会で女性はアクセサリー程度の認識です。その国民性故に女性は監視対象外になりました。それを逆手に取り、グレイ様が自ら行動なさっていると言うわけです」

「名目上は婚約破棄されて自暴自棄になり父に勘当されたというものですけどね」


 そういや風の噂でノーザンバーランド家の令嬢が発狂して婚約相手を完膚なきまでボコボコにした騒動がいつぞやあったな。今思い出したがあれの正体はグレイだったのか。

 

 確かその噂が尾ひれを付いて――

 

「鉄拳令嬢事件だったか?」

「巷ではそう呼ばれているのね。鉄拳令嬢というのは可愛げが足りないと思うわ」

「そうか、あんたか、下手な騎士より喧嘩が強い公爵令嬢ってのは」

「私が喧嘩強いのではなく、周りが弱すぎるのですわ」

「腕っ節が強いのはいい、あと金払いがいいやつも好きだ」

「あらじゃあ、依頼を――」

 

「Shut up、お嬢様?」


 ビリジアンは瞳孔を細める。彼女は話を遮られたことをちょっと根に持っているようだ。意外と子供っぽいな……。


「すまん、続けてくれビリジアン」

 

「all right、つまり私たちはクラレント魔法国に対抗するため秘密裏に新兵器を開発する技術者が欲しいのです」


 ビリジアンは端的に説明した。


「え、ああ……なるほどな」

「ご理解頂けましたか」

「大丈夫だ。先代と取引していた鍛冶師とか彫金師、炭鉱夫の紹介が欲しいんだろ? 北部は雪に閉ざされている間の冬に金物を作って生計を立てるからな。まぁ、腕利きは多い」


 私は取引帳簿を取りに席を立つ。


「全く違います」


 グレイはコーヒーカップを手に取り香りを確かめながら言う。


「じゃあ、何が欲しいんだ?」

「カメリア・シュネーベルグ、あなたが持つ銃の知識と技術が欲しいのです」

「私!?」

「理由は二つ、貴族の出だから身元が分かっている。もうひとつはこの店の銃がこの国で最も高い性能を持っているからです」

「どうだかな、中央の銃職人の方が良い腕を持ってるはずだ。腕が良い奴はみんな中央に挑む。王室御用達になるためにな。職人ならみんなそうだ」

「普通ならね、でもね十二年程前に銃職人と名乗り、わずか二年で中央の銃職人の頂点になった男がいた。だがその男は栄華を極めたと思わせたら急に姿を消し、それ以来消息不明となったそれが――」

「それが先代か」


 グレイは首を縦に振った。


「でもな、先代はとっくに死んでいる。悪いが他を当たった方が良い」

「ええ、だからあなたなのよ」

「……それは」


 嬉しかった。だが言葉にすることができなかった。

 私は二人が求めているような技術に届いているかわからない。


「無理強いします。やって下さい」 


 グレイは灰色の光彩に私の姿を映り込ませる。


「考えさせてくれ、今日は帰ってくれ」

「また明日来ます。それでもダメなら明後日も来ます」


 グレイはそう言って席を立った。

 私は二人を見送ると工房の作業机にどっしりと座った。

 

 

 

「新型銃の設計か……無理だな、先代がいくら優秀だったとして私には何にも教えちゃくれてねえし」


 いよいよこれから本格的に銃を教えてくれると思った矢先に天へと旅立った。だから私は半人前のカメリアだ。


「ああ、クソッタレ!」


 私は両拳を机に叩き付ける。


「出来る分けねえだろ、私は半人前の銃職人、あの人のようには成れっこない……成れるわけが無い」


 立ち上がって店を飛び出して、街を駆け抜けた。どこ行く当てもないままただ走り出した。

 

 期待されたことは嬉しかった。それは間違い無い。でもその期待に応えられる自信も技術も私は持ち合わせていない。

 

 そうさ、出来るなら、あの二人に協力してやりたい。

 

 でも、今の私じゃ、ただ無意味に足を引っ張るだけ。

 

 

「はぁ……はぁ……なんでよりにもよってここに来ちまうかな」

 

 気が付くと墓地にいた。

 秋風が吹きすさぶ夕方の刻限、真っ赤な夕日が私と先代が眠っている共同墓地を赤く照らしている。

 

「なぁ、師匠……教えてくれよ。銃をさ――」

 

 墓は決して返事をしない。

 

「なんで死んじまったんだよ……師匠……師匠!!」

 

 嗚咽を堪えながら、私は涙を流す。

 

「何とか言えよ、私はどうしたらいい?」

 

 自分の言葉は秋風に吹かれて掻き消される。

 

「師匠……父さん……」

 

 墓は何も言わない。ただ死者が眠っているだけだ。

 

 

 私は膝を付いてただ子供のように泣いてわめくしかなかった。

 

 どのくらい経ったかわからない。気が付くと夜になっていた。

 

 

 ふと、空を見上げる。

 

 星が降りそうなほど綺麗な夜空が眼前に広がった。

 

 

 何かが落ちる。何かが静かな水面にぽしゃんと落ちたような感じだ。

 言葉では説明できない、空虚でちっぽけな自分を俯瞰してまるで自分じゃない自分を見ているような異様に冷静で全く何も期待できないようなグチャグチャの感情のまま私は家に帰った。

 

 店に戻り、また作業机の椅子に座る。

 

 机には従業員名簿が置かれていた。正確には落ちていた。本来は作業机の隣にある本棚に収まっているはずが、さっき机を叩いた拍子に重心がずれて落ちていったようだ。

 先代の筆跡で書かれた表紙をめくる。それなりに厚い帳簿だ。本当はもっと店を大きくして行く野心を表われなのがよくわかった。

 

「あっ――」

 

 私は帳簿にある従業員の役職区分を目にする。

 そこに、見習いの区分にあった自分の名前が打ち消されており、代わりに銃職人の欄にカメリア・B・シュネーベルグと書かれていた。

 

 

「言わなきゃ……わからないよ。バカ」

 

 笑っているのか泣いているのか、それとも怒っているのか、分からなかった。

 

 ただ、間違い無く嬉しかった。

 

 

 

 

 

 次の日になると、早朝、店を開ける頃にはグレイとビリジアンは店の前で待っていた。

 

「おはようございます」


 グレイはにっこりと笑う。


「開店ですよ、ご用があるお客様はご自由に店内へ」


 皮肉った言い方で二人を中に入れる。いつも通り、接客のためにコーヒーを入れて二人に差し出す。

 

「それで考えはまとまったかしら?」

「さぁてな」

「そう、これでどう?」


 グレイはそう言うとビリジアンは頷いて一枚の紙を渡す。


「これは?」

「昨日言っていた要求スペックです」

「ふーん」


 私は紙を受け取ると机に寄っかかってコーヒーを啜りながら目を通す。


「うちのフリントロック式じゃ、熟練でも一発撃つのに60秒はかかる。それを30秒にしろか」

「ええ、魔法は詠唱は種類によりますが平均して発射までおよそ20秒、最低でも20秒で一発撃てないと打撃を与えられません」

「それに飛距離を50ヤードから、一般的な魔法攻撃の射程を超える200ヤードか、うちのでも最大で60ヤードが限界だぞ?」

「最悪、どちらかが満たせれば良いと思っています」


「いや両方やる」

 

 銃職人として、そして私の初仕事として意地でもこれを達成させる。今のままじゃ無理だが。

 

「重い腰を上げたようね」

「これだけの仕事だ、高く付くぜ?」

「結構、言い値で買ってあげるわ、ノーザンバーランド家の誇りを以て」

「商談成立だ。これからよろしく頼む。グレイ・ノーザンバーランド」

「勿論よ。カメリア・シュネーベルグ」

 

 

「今はカメリア・B・シュネーベルグだ。Bはもう一人の父からもらった」

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