試作24号「ヴァーミリオン・シンギュラリティ」

 

 ネリネの花が象られたエンブレムの玄関をノックする。

「カメリア……本当にヴァーミリオンを説得できたの」


 グレイは不思議そうな顔をずっとしている。


「たぶんな。ボルトアクション式の銃も持ってこいって言ってたし」

「Wow、やはり技術系同士なにか感じるところがあるのでしょうね」

「いいじゃないか、とにかく前には進めたんだ」


 ブラックはグレイをなだめるがそれでも不服そうだ。


「うーーーん、納得できないわ!」


 グレイは玄関前で叫ぶ。何日も説得頑張ったけどダメだったから余計に納得できないのだろう。


「私がうまくいったのはきっとグレイが粘ってからだよ」

 

 そんな事を話しているとドアが開く。

 

「やっと来たわね。ちゃんと持ってきたかしら?」

「持ってきたよ」

 

 布でグルグル巻きにしたボルトアクション式の銃を見せる。

 

「いいわ、入りなさい」

 

 家の中に案内されると一階はまるまる工房となっており、おおよその金属加工が全て出来るような設備が整っている。さらに驚いたのは道具の多さだ壁一面にフックで工具がぶら下げられている。金槌だけで大小で20丁はある。相当こだわりが強いのはわかった。

 

 ん? ということは玄関のエンブレムはヴァーミリオンが作ったのか、確かにあの微細な彫刻は他に類を見ないものだ。

 

 ヴァーミリオンは壁に掛かっている黒板の前に立つと、天井につり上げられていた折りたたみのテーブルを引き下げる。詳しい機構は分からなかったがとんでもない収納だ。

 

「さて、銃を」

 私はテーブルの上に布を取った銃を置く。

 

 ヴァーミリオンはそれを受け取ると適当に動かし始めた。

 

「使い方は――」

「黙っていなさい」

 

 ヴァーミリオンはボルトアクション式の構造を眺めてからおもむろに腰袋から工具を取り出して銃をバラバラに分解する。

 

「なるほどね、これでどうやって火薬を燃やすのかしら?」

「薬莢と言う金属の円筒に火薬を入れて更にその上から弾丸をセットする。薬莢底部に雷管と呼ばれる衝撃で爆発する火薬を詰めることで、ここに衝撃を与えれば弾を飛ばすことができる。薬莢に弾と火薬と雷管をセットしたものを弾薬って呼んでる」

「なるほど、その雷管には何を使っているの」

「雷酸水銀と私たちは呼んでいる」

 

 ブラックが私の説明を補足してくれた

 

「水銀? 水銀を使わないで同じようなものを作れないの?」

「鉛か銀なら、それ以外となると少々研究が必要になるな」

「やれるの? やれないの?」

「確約は出来ないが研究は可能だよ」


 ヴァーミリオンは首を縦に振った。やれと言わなくてもわかる。

 

「だいたいのメカニズムはわかったわ、カメリアこの設計を考えて製作したのは素晴らしいわ。少しは驚いたわ」

「だろ? 中々良く形なっているだろ」

「ただ設計に無駄が多いわ。このパーツとこのパーツは一体型にできるし、このパーツはそもそもいらない。このパーツは動きをスムーズにするためのものだけど別なパーツに干渉しているわ」

 

 この後、小一時間にわたってヴァーミリオンのダメ出しを受けた私はへこむ間も与えられず、ヴァーミリオンが設計し直したパーツを作ることになった。

 

「グレイとビリジアン、あんたたちはお使いと私の貴族としての仕事をやって頂戴、できるでしょそのくらい些事?」

「人使い荒いわね。いいわよ」

「二階の書斎に必要なものが全部あるわ。そこで作業しなさい」

 

「Good、必要なものがあればなんなりと」

「ビリジアン、早速だけどこのリストに書いてあるもの調達してきて」

「OK、どのくらいの時間を下さりますか?」

「そうね、カメリア! そっちはの仕事は何時間で終わるのかしら?」

「うーん、だいたい5時間」

「3時間で仕上げなさい」

「え、はぁ!?」

「というわけでビリジアン、3時間でいいわね?」

「No problem」


 ビリジアンは紙に書かれたリストを受け取ると外に飛び出していった。

 

 

 私はヴァーミリオンの作業机を間借りして、作業を始める。

 

「カメリア、鑢がけが下手、ずれているわ。ゴミを作らないで頂戴!」

 

「カメリア! この部分がダメ作り直し!」

 

「カメリア! このパーツは良く出来ているわ!」

 

「カメリア! 仕事が遅い!! 日が暮れるわよ! 速くしなさい!」

 

「カメリア――!!」

 

 オーガよりおっかない怒号が飛び交いながら私は与えられた仕事着実にこなす。

 

 来る日も来る日も来る日も、ヴァーミリオンに叱咤激励されながら銃の改良を行った。

 

「はぁ……流石に堪える」

 

 朝から晩までヴァーミリオンに怒られるのも辟易するが、それよりもヴァーミリオンの部品加工精度が桁一つ飛び抜けている。

 私が作ったボルトアクション方式のメカニズムも一瞬で理解するし、それの改良案も簡単に出すし、格の違いを見せつけられた。

 

「カメリア! 来なさい!」

「なんだ今度は?」

「これを見なさい」

 

 そこには新しく組み上げられた銃が置かれていた。

 

「改良版試作の完成よ」

「触っても?」

「いいわよ」

 

 銃をそっと手に取る。ボルトを引くと、以前よりもはるかに滑らかでストレスが一切無い動きを見せ、トリガーも妙な引っかかりはない。

 

「すげえ」

「ほとんどあなたが作ったのよ」

「え?」

 

 確かに入れてみれば、作業に忙殺されていて気付かなかったが、今思い返すと確かにほとんどのパーツを私は作っていた。

 

「頑張ったわね」

「ヴァーミリオンは何してたの?」

「銃のトリガーの近くから黒いボックスみたいなのがあるでしょ?」

「あ、これは?」

「貸して」

 

 ヴァーミリオンが銃を手に取ると空薬莢を一気に掴んで、弾が発射されるためのパーツであるチャンバーに薬莢を押し込む。次々と銃底部から突き出したボックスの中に銃弾が充填されていく。

 

「これは」

「まずボルトを引く、トリガーを引く、これで1発、ボルトを引く、このタイミングでチャンバーの中にある撃ち終わった薬莢が排出される。ボルトを戻すと同時にボックスに格納された弾薬が再装填される仕組み。どう? 私の改良は?」

 

 たしかにこれなら一発ごとに弾を取り出して入れるなんていう煩雑な動作がいらない。

 

「うん、これはすごい。最大何発までいけんだ?」

「ボックスが5発まで入るわ、薬室に1発入るから最大で6発ね」

「いいね、面白いよ。でもボックスってなんかネーミングセンスが……」

「じゃああなたがこのパーツの名前を付けなさいよ」

「そうだなぁ……マガジンってのはどうだ?」

「うーん、まぁ、それでいいわ」

「こっちのが響きが聞き取りやすいだろ。ボックスだとブックスと聞き違えるやつがいるだろきっと」

「確かに……決りね。じゃ早速撃ってみる?」

「早く行こう!」

 

 

「Stop、楽しそうですね私も行きます」


 どこからともなくビリジアンが現われる。

 

「お、じゃあ一緒に行くか」

「Let’s go」

 

 

 

 

 銃と弾薬を担いでヴァーミリオンは汚染区域に私たちを案内した。

 

「ここが汚染された街……」

 

 一見すればただの街だがここで生活することが出来ないと聞くと不思議だ。更にその即に進むと開けた場所が見え始めた。

 荒野のような場所が永遠と続いている

 

「間違っても水にも土にも触らないのよ。多少なら大丈夫だけど」

「わかった」

「OK」

「ここなら、普段立ち入り禁止だから自由に撃って良いわよ」

「随分開けた場所だな」

「昔はここに採掘された鉄鉱石や銅鉱石、石炭が2マイル先まで山のように積み上げられていたわ」

「すごい規模だったんだな」

「アガスティア随一よ。鉄と銅が沢山取れ、昼夜を問わず精錬に励んでいたから灼銅の街なんて呼ばれていたわ」

「灼銅なのか、灼鉄じゃなく?」

「鉄の精錬が確立される前は銅が中心産業だったのその名残ね」

「なるほどな。さてそろそろ始めるか」

「そうね」

 

 ビリジアンが木で作った的を用意しそれを10ヤード刻みずつ設置した。

「準備良さそうね」

「誰が撃つか」

「まずは制作者からどうぞ」

「わかった」

 

 私は配置につくと、弾薬を5発マガジンに装填して銃を構える。

 

 まずは10ヤード。

 狙いを澄まし、トリガーを引く。

 肩に衝撃が走る。銃弾は木の的に命中する。

 

 次に20ヤード

 ボルトを引いて薬莢を排出する。

 しっかりと狙い撃つ。

 

「あれ?」

 

 銃弾は木の的を掠めるだけだった。

 それからマガジンが空っぽになるまで銃を撃ったが20ヤード先の標的に当たらなかった。

 

「…………」

 

「次、ビリジアン撃ってみなさい」

「OK」

 

 ビリジアンは私から銃を受け取る。

 

「操作の説明は必要かしら?」

「No、さっき見たから必要無い」

 

 

 ビリジアンは銃に弾を込めて構える。 

 

 ダンッダンッダンッダンッ!!

 

 私よりも素早く手慣れた動きで次々と木の的を撃ち抜いていった。

 

「Hmm……60ヤードまでは問題なく当たりますね」

 

 

「カメリア……製作の専門なのね」

「うっせえ」

「さて、ここからどうしましょうね」

「更に連射速度を上げる方法とそして飛距離」

「それならひとつ提案があるのだけど」

「なんだ?」

「私が更に連射速度を上げるからそっちは飛距離を伸ばす方法を考えるっていうのはどう?」

 

 その提案に私は一瞬戸惑った。それは一抹の不安からくるものだ。だけど私はカメリア・B・シュネーベルグだ。

 銃職人だからできる。いいや、やらなくちゃダメなんだ。

 

「やるよ」

「決りね」

 

 ここから私の孤独な戦いが始まった。

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