試作25号「温故知新」
西部に来て一ヶ月が経過した。
私は頭を悩ませる日々が続いていた。火薬の量を増やせば銃身が耐えられず暴発するし、反動が大きくなるため、撃つと衝撃で肩に青あざができる。
銃身の長さを伸ばせば取り回しが著しく悪くなる。
「どーすりゃいいんだよ!」
このところまともな進歩もなくアイデアも枯渇している。
「カメリアちょっといいかしら?」
グレイが階段の方から私を呼んだ。二階の書斎に向うと、全員が集まっていた。
「グレイどうした?」
「クラレント魔法国の代表の査察の日程がわかったわ。それに付随して新型銃のテストの日程が決まったから呼んだの」
「いつなんだ?」
「テストはきっかり3週間後、それまでに仕上げなさいね」
「ああ……わかった」
「どうしたの? 煮え切らない返事ね?」
ヴァーミリオンは心配している。
「いや……飛距離の問題が全然解決しなくて……すまん」
火薬の改良したおかげで以前より飛距離は確かに伸びたが、それでも目標には及ばない。根本的な銃本体の改良が必要なのだが具体的どこを治せばいいかは不明だ。
「あと3週間あるわ。やるだけやりなさい」
「……うん」
ヴァーミリオンは私を励ます。
だが、万策尽きている現実は変わらない。ずっと頭を捻っているが、何も出来ない。何も浮かばない。
「……カメリア」
「どうした?」
「あなた三日くらい銃から離れてのんびりしなさい。根詰めすぎよ」
「いやでもそんな悠長なこと言ってらんないよグレイ」
「いいから休みなさい」
「……わかった」
私は渋々グレイの言いつけにしたがった。
「ビリジアン」
「Yes?」
「カメリアの羽を伸ばさせて来てくれない?」
「OK」
ビリジアンは私の手を引くと、一階の作業部屋に向った。
「どこ行くんだ?」
「Hmm……どこにも行きません」
ビリジアンは私を一階の作業机に座らせると二階に戻って何冊かの本を持ってきた。
「これは?」
「Book、数学や物理などのとりあえず計算を使いそうな学問類の本です」
「これを、読む?」
ビリジアンはこくりと首を縦に振った。
私は彼女が積み上げた本の一番上を手に取る。
いざ読んでみると自分の中で何かが切り替わったように本を読み進める。
一冊また一冊と私は水瓶に水が満たされるように知識を頭に吸収する。
三日目、四冊目にして私はある本のあるページでピタリと手が止まった。
数学でもない。ましてや銃に関する書籍でもない。
だが、私はその本の内容を見たとき、手が震えた。
流体力学。
わかりやすく言えば、水や空気などの中で物体が運動するとどのようなことが起こるのかを研究する物理学だ。
その中に空気抵抗という項目が書いてあった。文字通り空気の抵抗、例えばボールを投げた時、なぜ空中で勢いが徐々に減るかというと、この空気抵抗が関係しているからだ。
当然、銃の飛距離にもこの空気抵抗は大きな影響を受けているのは想像に容易い。
私は黒板の前に立つ。空気抵抗が少ない銃弾の形状を模索する。
何度も計算しその都度グラフに点を打つ、それが徐々に線になり、やがて形となる。
「わかった……」
盲点だった、そこへの改良を何故考えなかったのか自分でも不思議なくらいだった。
今まで銃弾は球体を使っていた。しかしこの形状がベストなものであるかどうかは一考もしていなかった。
流体力学の観点から銃弾の弾頭形状は球体からドングリの実のような形状になるのが良いと計算結果は導き出された。
早速、私は鉛の弾を作る金型の加工を始めた。
更に一週間、私は弾丸の形状を試行錯誤した。
だが現実は裏切られたばかりだった。
新しい弾頭形状では飛距離は伸びなかった。
銃口から放たれた弾丸はバランスを崩してあらぬ角度にくるくる回って失速、飛距離も命中精度も悪くなった。
ため息が何度も足を運んでいる射撃場に吐き捨てられる。
「今日も失敗か」
そう呟くと夕方を告げる鐘が鳴る。私は荷物を片付けて家に帰ることにした。
「今日も全然、うまくいかない」
「今日も――」
「今日も――」
次も次も次も――。
そうして時間が浪費していると気付けばテストまで残り三日となった。
差し込むような夕日を背にして、私は宿に向って街を歩く。
子供たちが軒先で遊んでいる。ただ走り回っているだけの子もいれば、ボール遊びしている子供もいる。
ぼんやりと眺めているとディアボロというコマ遊びをしている子供がいた。
ディアボロは空中で回転させるコマで2本のハンドスティックに通した糸でまわすことでコマ自体が不思議とバランスをとってそれを巧みに操る遊びだ。
どうしてコマはあらぬ軌道を描かない?
糸でバランスを取っているから?
違うな、コマが回転しているからだ。
「これだ!」
銃弾に回転を加えることで弾丸の形状を変えること無く、安定した軌道で弾丸を発射することができる。
そのやり方は思いつかなかった。
だが、私はまるで身体と頭が別々に動き出していた。直感的に動く。肉体はまるで答えを分かっているような、そんな気がした。
作業机に向って銃身を改良するための装置を作り始める。
手が勝手に動く。不思議だ。
そして私の目には思いもしない光景が目に映る。
先代の背中だ。
銃をバラバラにして分解清掃を行っている。
「ふ、なんだよ銃に溝が掘られてねえな。ライフリングがなきゃライフルって呼べねえじゃねえか」
黙々と仕事を続ける先代は何も言わない。
そうか、私は知っていたんだ。どうすればいいのかを――
「ありがとう。師匠」
私は、工具を組み上げると、早速銃身に何本か緩やかな螺旋を描いた溝、ライフリングを彫る。
早速テストしようと思ったが弾丸作りを始めてから何日も徹夜していたのが祟って身体がふらつく。
「おっと――えっ――?」
私は力が抜けて床に転がった。意識が混濁し瞼が重くなった。
今はただ眠い。それだけだった。
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