試作26号「名前の刻まれた墓」



 目を開けると、宿の天井が見えた。

 部屋には誰もいない。私はベッドから起きて作業部屋に向う。


 作業部屋のカレンダーをふと目にする。


 私は絶望した。

 お昼の鐘が鳴って目を覚ましたら。日付は実機テストの日だった。


 

「え……うそ……だろ……?」

 

 血の気が引くってこういうことなんだな。

 私は徹夜で組み上げたばかりの試作を手に持って作業部屋を後にする。

 

「まずいまずいまずい、チクショウがァァ!」

 

 全力で走って射撃場に向った私だが、テストはもう終わっているかも知れない。だが最後の望みを捨てずに私は射撃場へ必死に走った。

 

 なんとか射撃場に着くと、私の姿を見てグレイが近づいた。


「カメリア! あなた体は大丈夫の!?」

「すまん!! これを作っていたんだ――」

 

 グレイは私が倒れたことをかなり心配している。

 

「それは試作品?」

「ああ、銃身と弾丸を改良した。テストをお願いしたい」

「そもそも安全テストはまだなんでしょ?」

「まだだ」

「じゃあ、直ぐには無理よ」

「そこをなんとか! 頼む!」

「あなたが撃つなら話は別だけど。私の友人をそんな危険を冒させるのは止めるわよ。それにあなたは銃を作るのが得意でも銃を撃つのはあまり得意ではないのでしょ?」

「それは……」

 

 グレイの言うことは最もだ。安全に撃てるか保証できない以上危険だ。しかも今回はイチかバチかの改良だ。

 

「Wait、グレイ様、不躾ながらご提案があります」

 

 ビリジアンが間に割って入る。

 

「聞きましょう」

「Good、その射撃テスト、射手を私にさせて頂きたいです」

「危険よ! 安全テストを通過していないのよ!?」

 ビリジアンは私が握っていた銃と弾を取ると、テストの準備を始めた。


「ビリジアン、言うことを聞きなさい!」

 

 

「No problem、グレイ様、失礼ながらカメリアの銃なら大丈夫です」

 

 紫の双眸が細くなった。ビリジアンは本気の目をしていた。すぐにその表情は解け、優しい表情でニッコリと笑った。

 

「おいおい、これは何の騒ぎだい?」

「そうよ、今更……ってカメリア、一体どこで何をしていたの?」

 

 ブラックとヴァーミリオンも集まってきた。

 

「カメリアが遅刻した理由が、この新型銃を作っていたからなの、それで安全テストもまだなのに実機テストして欲しいって言うのよ。そしたらビリジアンが射手を務めるからテストさせてくれって言うのよ」

 

 グレイはため息をつきながら二人に事情を説明していた。

 勿論二人それぞれ意見は出るのだが――。

 

「良いじゃないか、片付け途中だがテストしてしまおう! 面白そうだ!」

 

 ブラックは淀んだ目を輝かせて嬉々として笑った。

 

「ダメね。安全性が保証されていないものなんて危険過ぎる。せめて内部を精査してからよ」

 

 ヴァーミリオンは否定的だった。

 

「はぁ……わかったわ、じゃあ1発よ1発だけの試験よ」

 グレイが折れて1発だけ試験を許してくれた。

「ありがとうございます」

 

「ただし、的は私がふざけて設置した1000ヤード先のあれしかないわ」


 グレイは遠くにあるごま粒ほどの陶器の皿を指差す。

 

「それは意地が悪過ぎじゃ無いか?」


 ブラックはグレイに対して苦言を呈する。

 

「大丈夫」

 

 私は即答した。

 根拠は無い。

 

 ただ、ただ私は不思議と確信していた。

 

 誰にも成し得ることが出来なかった従来製品で50ヤードの壁を大きく超える1000ヤードの壁を越えることを――

 

 

 ビリジアンは静かにターゲットを見据える。彼女の神経が張り詰めていくのがわかった。

 

 静寂、風の音だけが聞こえた。

 

 彼女は呼吸を浅くし、引き金に指を掛ける。ゆっくりとよく狙う。

 

 彼女の瞳孔がキュッと細くなる。

 

 指はトリガーを引く。

 

 撃針が雷管を叩く。

 衝撃を受けた雷管が薬莢内にある火薬に火を付ける。

 薬莢内部がガスで満たされると圧力に耐えられず弾頭が押し出されて飛び出す。

 

 普通の銃ならただ飛び出すだけだ。

 

 だが私の銃は違う。

 

 銃身内部に刻まれた数本の緩やかに刻まれた溝に弾頭が食い込み溝に沿うように弾丸が回転する。

 回転しながら銃口から飛び出した弾丸は空を裂くように飛んでいく。

 

 銃声は響くが標的である皿はまだ割れていない。

 

 その場にいた誰しもがダメだと確信した。絶対に届くはずがない距離だ。

  

 ただ二人を除いて誰もが諦めかけていた。

 

Perfect完璧だ!」


 ビリジアンと私は叫ぶ。

 

 パリンと音が鳴った。

 

 

 グレイは慌てて双眼鏡で標的を確認する。

 

「うそ……」

 

「見せなさい」


 ヴァーミリオンがグレイの双眼鏡をかすめ取り、グレイが見た光景と同じものを目の当たりにした。


「すごいわ……」

 

 私が作った銃は私が思っていた以上の飛距離を出し、標的の皿を撃ち抜いたのだ。

 

 

「よっしゃあ!」

「カメリア! これどうやって作ったの!?」

 

 ヴァーミリオンは目を丸くしていた。何度も瞬きして割れた皿の方を見つめていた。

 

「銃職人の意地さ!」

 

 私は冗談っぽく言う。ヴァーミリオンはそれを聞いて呆れたように笑っていた。

 

「ヴァーミリオンはボルトアクションを更に改良してトリガーを引くと弾が自動に出てくる銃を作ったけど、カメリアのはヴァーミリオンとは比べものにならないくらい遠くに飛んだわ。二人ともよくやったわ!」

 

 グレイは誇らしげに笑った。


「おっと、私も忘れないで欲しいな」

「あらごめんなさいブラック、あなたも最高の仕事をしたわ」

「もちろんだ。私が作った新しい雷管と火薬は――」


「カメリア、あなたこの最新型の銃に名前を付けなさい」


 グレイはブラックの話を遮って私に聞く。 


「ライフルだ」

 

 私は即答した。

 

 

 

 それから半年以上経った。

 

 私の作ったライフルとヴァーミリオンが作った連発式の銃が組み合わさり、その連射性の高さと戦争の優位性からバトルライフルと命名、私が作ったボルトアクション方式はアサルトライフルより命中精度を上げることが出来るため狙撃という分野で必要となりスナイパーライフルという派生としてそれぞれが大量生産、そしてアガスティアに配備された。

 

 グレイから手紙でクラレント魔法国にライフルを見せたら開いた口がふさがらない光景を見られて楽しかったという内容が届いた。

 クラレント魔法国はアガスティア皇国の軍事力を恐れて一時は進軍準備をしていたが今は落ち着いているそうだ。

 

 

「だってさ、師匠」

 

 私は名前を刻まれた墓に向って手紙を読み上げていた。

 

「じゃあね、これからすげえ忙しくなるから見守ってて」

 

 墓は返事を返さないが、先代は笑っているような気がした。

 

 

 私は立ち上がると。静かに墓を後にした。

 

 

 墓にはこう刻まれていた――

 

 

 ジョン・ブローニングはここに静かに眠る。と――。

 

 

 

 これで私こと、カメリア・Bブローニング・シュネーベルグの物語をひとまず閉幕とさせていただきます。

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戦争回避のガンスミス 白井伊詩 @sirai_isi

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