試作23号「信頼・論理・情熱」

 

 ウエストサイドに来てから四度目の朝が来る。

 ここに来てからグレイのディベートのサポートするために私たちは宿で頭を悩ましていた。

 流石に今日はヴァーミリオンが忙しいため休戦となり、一日自由になった。

 

 

 今朝から私は墓地周辺を散策していた。ヴァーミリオンとの約束をは果たすためにホークス・シンギュラリティを探していた。


「広い墓地だな。北部の墓地の倍くらいあるな。街に対しても明らかにデカい気もする」

 

 そんなことをぼやいていると。

 

「見たこと無い顔だな、どこの人だ?」


 中年の男が、私に向って声を掛ける。

 男の方を向くと、金髪に朱色の瞳が特徴的な男性だ。程よく筋肉質で表情は柔らかく穏やかそうな人だ。


「人を探して……ホークス・シンギュラリティって人なんですけど」

「それは私だ。ということはヴァーミリオンが言っていたカメリアちゃんか」


 ホークスは少し前屈みになり顔をグッと私に寄せた。

 

「お父さんにそっくりだな、目の色がとても」

「そう……ですか」

「まぁ、僕の事は覚えていないだろうけど」

「すみません」

「いいさ、でもカメリアちゃん生きていて良かったよ」

「父と友人だったそうですね。どんな人でしたか?」

「お人好し、愛妻家、親バカ、そして勘が鋭かったよ」

「鋭かった?」

「君ぐらいの年の頃だ。僕たちは騎士学校……そうだね君たちの学園みたいなところかな、そこで君のお父さんと僕は同じ班だった。背中を預けられる男は今の今まで彼だけだよ。危険を察知するのが上手くてオオカミの襲撃を未然に防いだり、グリズリーから僕らを無事に逃がしたりした。そして自分の領地に貴重な鉱山資源が眠っていることを彼は気付いていた。それを他の領地の奴らに聞かれてしまった」

「それで……私の家が焼けたのですね」

「そうだ。僕がもっと速く気付いていれば対処できた事だったから余計に悔いが残る」

「ちょっと待って、でも私の住んでいた場所、特に開発とか起こっていないけど……あれ?」

「こう見えて西部は銅と鉄が豊富に採掘されるんだ。それを精錬して他の場所に送り出している。だから僕は脅してやったんだ。シュネーベルグの領地を手を出した奴らには金属加工の技術を一切教えないってね」

 

 たしかにどんなに貴重な金属があってもそれを精錬する技術が無ければ宝の持ち腐れになる。それに大規模な製錬技術を保有しているのは西部しかない。

 

「なるほど、私は守られていたんだ」

「もっとはやく君を見つけられたら、養子に……そうだ! 今からでも遅くない、僕の養子にならないか?」

「遠慮します」

 

 今の私は一人前の銃職人だ。一人前は一人で食っていけて当たり前だ。だから今の私にはホークスの援助はいらない。


「どうしてなんだい?」

「今は銃職人として独り立ちしていますので」

「そっか……それならいいんだ。でももしも何かあったら私かヴァーミリオンを頼るといい」

「ありがとうございます」

 

 ホークスはそれからしばらく何かを考えている。

 それから何かを決めたように話を始めた。

 

「カメリアちゃん次第なんだけど、貴族に戻らないか?」


「それは……」


 私は言葉を詰まらせた。さっきの話もあり、北部の街を誰かに渡したくないという気持ちが芽生えたからだ。


「シュネーベルグ家が命懸けで守った土地なんだ。他の貴族より君が受け継ぐべき場所だと僕は思っているんだ」

「私にはあの場所を守る能力が無いと思います」

「勿論、この話は僕らにもメリットがある。まず鉱山資源の採掘をシンギュラリティ家に任せて欲しい」

「それならシンギュラリティ家が北部を領地にしてしまうのはダメなのですか?」

「それも手段としてはアリだと思う。だけど友の子が生きていたのなら本当に継ぐべき人が継ぐべきだと思っている」

「考えさせてください」

「会えて嬉しかった。今日はありがとう」

 

 

 ホークスと話を終えた私は宿に戻ることにした。

 そう言えば、何で毎日墓参りしていたのか聞きそびれたな。

 

 

 宿に戻るとグレイたちは次の議論にむけて話をしていた。

 会話に混ざるために椅子に腰をかけるが違う考えが頭の中をグルグル駆け巡っている。

 

 私の父が何故死んだのかはざっくりとしか聞いていなかった。その真相を聞いた私は貴族に戻ってシュネーベルグ家をもう一度復活させるか迷っていた。

 

 鉱山資源の利権もある。私が余所の統治者だったら、北部の街は邪魔になる。あそこは規模が小さく人口もそこまでいない。労働力を得るにしても限界がある。採掘の中心を進めるにしてもシュネーベルグ家焼き討ち事件以来、住人の貴族に対する心象は最悪だ。反発することは間違い無い。状況次第では内紛に発展する可能性だってある。

  

 それだけは絶対に止めないと。

 グレイ、ビリジアン、ブラック、彼女たちの協力は必須だが――。

 

 シンギュラリティ家現当主、ヴァーミリオン・シンギュラリティの協力も不可欠だ。

 

 彼女がいなければ銃の開発もままならいし、何よりも西部の主は彼女だから。


  

 だったらいっそ私が――――。

 

 

「ねえグレイちょっといい?」

「何かしら?」

「明日は私が話す」

「何か策はあるのかしら?」

「ない」

 

 グレイは私の目を見てからすぐに頷いた。

 

「わかったわ」

「ありがと」

 

 

 

 

 次の日、私は商会ギルドにむかい、ヴァーミリオンを訪ねた。

 

「あら、今日はグレイじゃないのね」

「呼ぼうか?」

「やめなさい。グレイがいると話がこじれるのよ。さて、あなたはどうなのでしょうね?」


 ヴァーミリオンは椅子腰掛けた。


「私は口が立つ方じゃないからお手柔らかに」

 

 私も相対する形で席に着いた。


「あらそれは残念、徹底的に議論するのが私の趣味なのに」

「そうか、それだと今日は辛い日になりそうだな。美味い晩飯の店があったら教えてくれないか?」

「食事ならそうね、商会ギルド沿いを歩くと何件かあるわ。もっと美味しいところになると四人は無理ね」

「そっかなら今度、一人でふらっと行くよ」

「予約制だから、もしも行くときは私にいいなさい。口利きくらいはしてあげるわ」

「そりゃどうも。ここのメシは北部ほどじゃないけど中々美味いな。特にソースが」

「この街は良い食材があまり取れないの。だから保存性が利かせたソースに力を入れるの」

「なるほどね。今度作り方教えてもらおうかな」

「あなたに作れると良いわね」

「こう見えて料理は好きなんだ」

「楽しみにしているわ」

「機会があればな」

「機会はあるものではなく、作るものよ?」

「そういうもんか?」

「そういうものね」

 

 

「……なんか、イメージと違うな。最初は苛烈でちょっとサディストなイメージだったけど、案外物腰柔らかくて話しやすいな」

「どうかしらね。あなたを陥れるために優しくしているのかも?」

「それなら今頃この前の男みたいにつまみ出されているんじゃないか?」

「あなたは私をそう見るのね」

「まぁ……そう見えたかな」

 

 ヴァーミリオンは組んでいた足を解き、頬杖をやめて椅子を引いて姿勢を良くした。

 

「さて、本題に入りましょう。なぜあなたはここに来たの?」

「新しい銃を作るからだ。誰も作ったことがない何発も連続で撃てて、今までより遠くに弾が飛ぶ。そんな夢みたいな銃を作りたい」

「それがあなたの情熱かしら?」

「そうだ。銃職人としての情熱とプライドだ。私はこの国で一番の銃職人になる」

「世の中にはあなたよりずっと優れた人間が星の数ほどいるわ。現実を見なさい」

「お断りだ。そんなんで諦めるなら最初から夢を掲げない」

 

 ヴァーミリオンは何も言わず、ゆっくりと息を吐いた。

 

「次の質疑よ。私が協力したときの利益になりうるものは?」

「まず銃が国中に配備されればそれだけでかなりの利益になる。それに量産を視野にいれたとき、中央の職人に資源を運んで作らせるよりここで作った方が移送費を抑えられる。それにここの産業に銃が入れば街の人間が潤うはずだ」

「現状の工業製品だけでも80%はうちが採掘している金属を使っているわ。あなたたちがもたらした利益が無くても生活できるわ」

「いや、それは嘘だ」

「何故そう言い切れるの?」

 

 ヴァーミリオンは目を細くした。まるで私の心を見透かすように。

 

「街が3分の2も廃墟になっているし。墓の数も異常だ。なんかの病気が流行ったようにしか思えない」

 

 病気以外の答えを私は思いつかなかった。

 ヴァーミリオンはしばらくの沈黙を保ったが、大きなため息をついて口火を切った。

 

「……そうね、八年前まで奇病が流行っていたわ。私の父が原因を必死に探った結果、原因は鉱山と精錬所にあった。鉄や銅の精錬を行った際、有害な毒が雨に溶けて川を汚し、そして井戸を汚染した。幸いなことにシンギュラリティ家の敷地は水源が違ったから運良く汚染は免れた。だから街を放棄してシンギュラリティ家の敷地を解き放った」

「そんなことが」

「大勢死んだわ。西部の発展と引き換えにね。だから我々は発展を望まない。その代償を払いすぎたのだから」

「ブラックなら汚染された大地を蘇らせることができるかもしれないのに?」

「それは……」

 

 ヴァーミリオンが初めて言葉を詰まらせた。

 

「それに北部の話も聞いているだろ?」

「鉱山資源の話ね。父が言っていたわ」

「あの採掘ができるようにするっていうのはどうだ?」

「あなたはあそこに何が眠っているか知っているの?」

「シュネーベルグ領にある鉱山資源は西部では取れない資源だ」

「そうよ。しかもその資源はこの先の時代、大量と必要なるもの。私としては喉から手が出るほど欲しいものよ」

「それなら――」

「でもそれを交渉に出すということは覚悟しているのね?」


「わかってる……だから私は貴族に戻ってもいいと思っている」

 

 私はヴァーミリオンの目を見つめて言った。

 

「なぜそこまでするの?」

「銃に私の夢を賭けたから」

「その結果、大勢の死を背負うことになるわよ?」

「覚悟の上だ。それに――」

 

 私は息を大きく吸う。

 

「私の銃を使った人が戦場から戻ってくるのならそれでいい。戦場に向った人の家族が誰よりもそれを願っているのだから! それ殉じるのなら私は生み出したあらゆる命に敬意を払い罪を背負うつもりだ!」

 

 ヴァーミリオンは目を見開いた。ゆっくりと立ち上がり、窓から見える風景を眺めた。

 

「私が交渉するとき、三つのことに重きを置いているの。ひとつは信頼に足る人物か、これはグレイにも当てはまっていた。次に論理的であるか、これもグレイは合格していた。でもね最後の情熱だけは欠けていたの。彼女はこの国を想っているのは間違いないのだけど、西部への尊敬を欠いていたの。つまり私たちの事情を考えていなかったのよ。でもねカメリア、あなたは違った。私たちが抱えている問題を理解しそして寄り添おうとした。その上で銃にかける情熱をたった今、私に教えてくれたの」

 

 

 彼女は振り返り、心底楽しそうに笑いながら言った。

 

 

「私は西部の主! 砂粒の一つまでもが私に従うわ! そして私はこの国一番の技師でもある!」

 

 彼女はさらに言葉を続ける。

 

「さてカメリア・B・シュネーベルグ、あなたはこの私に向って一番の銃職人になると言ったわね」

 

「言ったな」

 

「ふふ、じゃあ私から言えることはただひとつよ」

 

 ヴァーミリオン・シンギュラリティはその烈火の双眸を燦然と輝かせ、歯が見えるくらい高らかにそして絶対と言わんばかりの笑顔で言い放った。

 

 

「一番になるのなら、私を驚かせるようなことをしないとお話にならないわ。いいわよ。掛かってきなさい。磨り潰して差し上げるわ」

 

「任せろ! 見せてやるよ!」

 

 ヴァーミリオンは烈火のように情熱を燃やし、太陽のように楽しそうに笑っていた。

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